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​聖獣と守護獣


(2:0:0)
上演時間40〜50分

登場人物

・トール
シロイワヤギの獣人。

・ライ
ハイイロオオカミの獣人。

・ドブ
トール兼役。ハイイロオオカミの獣人。

 

 

 

 

トールM:

その身に一切の穢れなく、純白を纏いし山の御使。
聖域に出ずる尊き獣、聖獣として山を守らん。
その巨躯は、降りかかる災いを堰き止めるため。
その奇跡は、生命を守護し、循環を保つため。
───捧げよ、捧げよ。

ライM:

「聖獣と守護獣」

トールM:

緑猛る夏の暮れ、山肌は夕映えの衣に身を包む。
夜の帷が降りれば、立ち込めていた熱気も段々と鳴りを潜めてゆく。
けれどもこの身に、確かに灯る熱。
僕はこれを知っている。
繰り返される生命の輪廻に、それは必ず寄り添っていた。
一対の命、その間に、見えずとも結ばれていた。
聖獣が、結べるはずの無かったモノ……。

(小屋から少し降りた先、谷間を流れる大きな川の側を、ライとトールが歩いている。)

トール:

ライさん!こっちです!
 

ライ:

おい、もう少しゆっくり案内してくれ。こうも岩だらけだと、病み上がりにゃ歩きづらくて仕方ねぇ。
 

トール:

もう、だから僕が背負りますよって言ったじゃないですか。
 

ライ:

うるせぇ、誰がんなカッコ悪りぃこと頼むかよ。
 

トール:

ライさんって意外と体裁を気にするんですね。
 

ライ:

「意外と」ってなんだよ、人をガサツなケダモノみてぇに言いやがって。
 

トール:

冗談ですよ。

でも、そんな風に格好つけようとしなくたってライさんは充分に格好良いですし、僕としては頼られた方が嬉しいです。
 

ライ:

……チッ。お前はあんまり照れなくなったよな。最初はちょっと揶揄っただけで顔を真っ赤にしてやがったのに。
 

トール:

なっ、見ていた様に言わないでください!
 

ライ:

ハッ!あの慌てぶりだ、見なくても分かるっつーの。
 

トール:

ライさんは変わらず意地悪ですね!
 

ライ:

おーそうだな、これからもよろしく頼むぜ。で、案内したい場所ってのはこの川なのか?
 

トール:

まったく……!
僕が見せたい場所は、この川の向こうにあります。

 

ライ:

向こうだぁ?まさかこんなデケェ川泳がせようってんじゃねぇだろうな?
 

トール:

文句ばかりのライさんには、それもいいかもしれませんが……。
少し、待っていてください。

ライM:

冗談まじりに俺の横で笑っていたトールが、「待て」と告げ、川に向き直り目を瞑る。
すると、先程まで穏やかに流れていた空気がピシャリと止まった。
水の流動も、山の呼吸も、鳥や虫のさざめきすら聞こえなくなり、辺りを一瞬の静寂が包む。
突然のことに驚きトールを見やると、俺はその横顔の美しさに息を呑んだ。

トール:

───集え。

ライM:

トールの言葉が静寂を溶かし、自然の喧騒が戻ってくる。
同時に、周囲に散らばっていた岩が一人でに動き、俺たちの前に足場ができていた。

トール:

ふぅ……お待たせしました、ライさん。
これで向こう岸に渡れますよ。

 

ライ:

……お前って……ホントに聖獣なんだな。
 

トール:

えぇ!?今まで信じてなかったんですか!?
 

ライ:

いや、そういう訳じゃねぇが……よっ…と…
 

(二人が足場を使い川を渡り始める)
 

ライ:

そもそもだ、聖獣ってのは何なんだ?これを見りゃ、お前がスゲェってことは分かるがよ。
 

トール:

確かに、山の外の人達からすれば聖獣という言葉に馴染みはないでしょうね……
いいですよ、目的地まではもう少し歩きますから。それまでに、ライさんに聖獣とはどのようなモノか教えてあげます。

 

ライ:

へーへー、そらどうもアリガトさんよ。
 

トール:

ふふ……と言っても、どこから話をしようかな……。
 

ライ:

ハッ、偉そうに言ったワリに教え慣れてねぇんだな。
 

トール:

しょ、しょうがないじゃないですか。こんな風に話すのはライさんが初めてなんですし……
 

ライ:

じゃあ俺が質問してやるよ、それにお前が答えりゃいい。
 

トール:

それもいいですね。
 

ライ:

っと……言ってる間に向こう岸だぜ。
よっ……

 

(ライが対岸に足を踏み入れた瞬間、目の前の山の風景が活気に溢れる)
 

ライ:

と……って、なんだこりゃあ……?川を越えたら……山の色が濃くなった……?
 

トール:

よいしょっ……と
 

ライ:

おい、トール。こりゃあ一体……
 

トール:

ふふっ……ようこそ、ライさん。聖獣の守護する、霊峰ゴートへ。
 

ライ:

霊峰……ゴート……?
 

トール:

今渡ってきた川は、ゴートに入れる唯一の入り口であり、境界でもあります。
向こう岸から山を見ても、なんの変哲も無く興味を惹かない様に映る、認識を阻害する結界が張ってあるんです。

 

ライ:

確かに……こんな活力に溢れた山が川のすぐ向こうにあったってのに、渡る前は全く気づかなかったな……
 

トール:

この山は地脈と霊脈が集中していて、土地がとても豊かなんですよ。
 

ライ:

地脈?霊脈?ってのは何だ?
 

トール:

僕たちでいう血管みたいなモノです。多ければ多いほど、土地に栄養が巡りやすいと思ってください。
 

ライ:

栄養……この間お前が持ってきた実も、この山で獲ってたってことか。
 

トール:

そうですね、あの実はまた少し特殊ですが……この山は冬でも食べ物が豊富に獲れますよ。
 

ライ:

マジか!
 

トール:

そのおかげで、皆が飢えを知らずに過ごすことができています。
 

ライ:

……あー、なるほどな。そりゃ確かに大っぴらにゃ出来ねぇな。
 

トール:

肥沃な土地は争いの種になりやすいですからね……
そういった争いを避けたり退けるために、僕のような力を持つ「聖獣」と呼ばれる者が、この山には産まれるんです。

 

ライ:

さっきの結界ってやつも、お前の力ってことか。
 

トール:

正確には、僕を媒介に霊峰自体が結界を張っています。僕ができるのは岩を動かしたり、草木を成長させたりですかね。
 

ライ:

充分スゲェよ、それでこの山の奴らを助けてやってんだな。
 

トール:

…………
 

ライ:

ん?どうした?
 

トール:

そうなんです……「この山に住む人たち」だけ……。少し、悲しい在り方だとは思っていますが。
 

ライ:

聖獣サマがそんな顔してんじゃねーよ、弱肉強食の世界でみんなテメェの命で精一杯だってのに。
こんなデケェ山に住んでる奴ら皆を守ってやってる上に他の奴らも……なんて、お人好しすぎて心配になるぜ。
それに、そこらにいる虫だってテメェが食われねぇように擬態とかすんだろ。生きる為の術ってやつだ。
そうやって守る手段があって良かったじゃねぇか。

 

トール:

……ふふっ。ライさんはやっぱり、素敵な人ですね。
 

ライ:

っ……チッ!いちいち大袈裟なんだよテメーは!
 

トール:

おやおやぁ?ライさん、もしかして照れてますか?
 

ライ:

うるせー!目的地まではまだ歩くんだろ!オラ!とっとと案内しやがれ!
 

トール:

アハハッ!顔を赤くしながら凄んでも可愛いだけですよ。
 

ライ:

〜っ、調子に乗りやがって……!
 

トール:

はい……僕、調子に乗ってます。昨日からずっと……フワフワしているというか……体の中がくすぐったい様な感じなんです。
 

トール:

でもこれは、多分ライさんの所為ですからね。責任を持って、僕に揶揄われてください。
 

ライ:

小っ恥ずかしいことをペラペラと……!わぁーったよ!
ったく……後で覚えとけよ。

 

トール:

さぁ!この道を登れば目的地はもうすぐです、着いたらきっと驚きますよ!行きましょう、ライさん!

(ライとトール ゴート山頂に到着)

ライ:

おい……ここは……まさか……

ライM:

山の頂、濃淡さまざまに生い茂る緑の絨毯に、四季折々の花が咲き誇る。
抜けるような青空から吹いてくるそよ風、撫でられ揺らぐ草木の葉が幾重にも音を鳴らした。
眼前に広がる景色は、俺が幼い頃に見た……あの日の……

トール:

ライさんが子供の頃に見た「天国」の話を聞いた時、すぐに気付きました。
あなたが昔見たのはゴートの山頂……この「聖域」の事だと。

 

ライ:

あぁ……間違いない……ここは俺がずっと探してた「天国」だ……
でも、いったい何で……ゴートには結界が張られてるんだろ?

 

トール:

おそらくですが、ライさんは先代の聖獣が亡くなった時に、ゴートに迷い込んだのだと思います。
 

ライ:

先代の聖獣……
 

トール:

結界は聖獣の体を媒介に張られているって言いましたよね。でも、それはあくまで聖獣が生きている間の話です。
聖獣が死ぬと、七日後に次代の聖獣がこの聖域に産まれます。ですがそれまでの間、徐々に結界の力は弱まってしまうんです。


ライ:

先代の聖獣が死んで、結界が弱まってる時に俺が迷い込んだってことか……
俺が眠った後に、目が覚めたらあの小屋の近くにいたのは……?

 

トール:

きっと聖域で眠っているライさんを見て、山の民が結界の外まで運んだんだと思います。
 

ライ:

その後お前が産まれて、結界も復活したからいくら探しても見つからなかったのか……
……なぁ、七日後に産まれるってのは……

 

トール:

その瞬間を見た人はいませんが、聖獣の死から七日後、次代の聖獣の幼体がこの聖域の神木に「現れる」んです。
産まれた時から両親がいないっていうのは、そういうことです。

 

ライ:

そうか……
 

トール:

強いていうなら、僕の親はこの霊峰ゴートですかね!それに山の民も親切です!
 

ライ:

……これからは俺も居るぜ。
 

トール:

っ……はい!僕は幸せ者ですね。
 

ライ:

おう、ありがたく思いやがれ。
 

トール:

ふふ……あ……でも……
 

ライ:

ん?どうした?
 

トール:

ライさん、この場所を探してたのって、村の人にこの場所が本当にある事を証明したかったんじゃ……
 

ライ:

バーカ、俺がいつそんなこと言ったんだよ。
 

トール:

違うんですか?
 

ライ:

そりゃガキの頃はそういう気持ちも無かったとは言わねーけどな。ここにいた時間が、俺の人生で一番楽しいと思えた時間だったんだ。
だからもう一度ここに来りゃ、何かが変わるかもしれねぇ、またあんな気持ちになれるんじゃねぇかって探してたんだよ。

 

トール:

そうなんですね……
うーん……

 

ライ:

今度は何だよ。
 

トール:

いえ、その割には何というか……落ち着いてる様に見えるので……
もっと尻尾をブンブン振って喜ぶのかと思ってたんですが……

 

ライ:

俺がそんな犬コロみてーにハシャぐワケねーだろ!
……でも、確かにそうだな。見つけられて確かに嬉しいんだが……

ライM:

俺の人生で一番楽しいと思えた時間……だったはず……何だが……

トールM:

昨日からずっと……フワフワしているというか……体の中がくすぐったい様な感じなんです。
でもこれは、多分ライさんの所為ですからね。

ライ:

………
 

トール:

ライさん。
 

ライ:

っ……な、何だよ。
 

トール:

いえ……ライさんの尻尾が……
 

ライ:

尻尾ぉ?
 

(トールの目線の先、ライの尻尾がブンブンと左右に大きく揺れている。)
 

ライ:

……
ウオァァッ!?

 

トール:

うわっ……!ビックリしたぁ……!
 

ライ:

チガっ……これはチゲェぞ!!ちょっと感動が遅れてやってきただけだからな!!!
 

トール:


はい、ライさんを連れてこられて良かったです。

 

ライ:

あー……アレだな!感動したら腹が減っちまったな!
 

トール:

あ、そうですね。それじゃあお昼にしましょうか。
 

ライ:

あの美味い実もあるのか?
 

トール:

あれは特別で、医療目的の時にしか食べません。
 

ライ:

もったいねぇなぁ、あんなに美味ぇのによ。
 

トール:

他にも美味しい物はたくさんありますよ、魚は平気なんですよね?
 

ライ:

あぁ、好きだぜ。
 

トール:

っ!?
 

ライ:

特に焼いたのは格別だよな……って、どうした?
 

トール:

いえ!何でもないです!!なら明日は川に魚を取りに行きましょう!!今日は果物を用意しますね!!
 

ライ:

おう……そんなに大声出さなくても聞こえてるぜ。
なんか手伝うか?

 

トール:

結構です!!!
 

(トール ライを置いて駆け出していく)
 

ライ:

……元気だなぁ、アイツ。

トールM:

あぁぁ僕のバカ!あんな態度取ってライさん絶対困ってたじゃないか!
でもライさんもズルい!僕にはまだ、すっ、好きだって言ってくれないのに……
魚には言うなんて!!!

ライM:

「明日は」……か……
へっ、何だろうなぁコイツは……

トールM:

でも、楽しそうなライさんの顔、カッコよかったなぁ……
じゃなくて!!

ライM:

あぁ、何だか


トールM:

胸がとても
 

ライM:

くすぐってぇな

ー次の日ー
(午前 川 ライとトール 積み重なった魚の前にて)

トール:

これはちょっと……
 

ライ:

獲りすぎちまったな……
 

トール:

山の皆にお裾分けして、残りは干しましょう……
 

ライ:

俺はてっきりお前も食うもんだと思ったんだがなぁ
 

トール:

僕は草食ですから、雑食の人たちは魚も食べますけどね。
 

ライ:

食わない割に、妙に気合入ってたな?
 

トール:

それは……一身上の都合です!
 

ライ:

ハハッ、何だそりゃぁ。
にしても、改めて見るとデケェ川だよなぁ。あの小屋に来るときはいつもココを渡ってたんだろ?

 

トール:

ゴートへの侵入を防ぐ役割もありますからね。僕はもう慣れてるので、渡るのは苦じゃないですよ。
 

ライ:

毎回昨日みたいに足場作って渡るのか?
 

トール:

昨日はライさんが本調子では無かったのでああしましたけど、普段は岩間を飛んで、流れが緩いところを泳いで通ります。
あ、普通に泳いでは渡れないですから気をつけてくださいね。急に深いところがあったり、流れが早いところが多いので。

 

ライ:

そうだなー、一人でも魚獲りに来るかもしんねぇしな。
 

トール:

後で安全なルートと、危険な箇所の見分け方を教えますね。
 

ライ:

頼んだぜ、んじゃあ戻って飯にすっか!

(午後 聖域 ライとトール、食後に話をしている。)

ライ:

見回り?
 

トール:

はい。山に異常がないか、よくやっているんです。
 

ライ:

俺も着いてっていいのか?
 

トール:

山の皆に、ライさんのことを紹介したいですし。このままじゃみんな怯えて出てきてくれそうにないので。
 

ライ:

だったら尚のこと最初は俺がいない方が良いんじゃないか?怖がって出てこないだろ。
 

トール:

顔も覚えてもらいたいですし……大丈夫ですよ!ライさんはカッコいいので!
 

ライ:

ハァ!?な、何言ってんだオマエ!
 

トール:

ワイルド系って言うんですよね!
 

ライ:

知らねぇよアホ!勝手に言ってろ!
 

トール:

あっ、どこいくんですか!
 

ライ:

ションベンだよ!戻ってきたら着いてってやるから待っとけ!

ったく、トールの奴……また小っ恥ずかしい事言いやがって……
……まぁ、アイツに恥かかせねぇ様に身だしなみくらいは……整えて行ってやるか……

トール:

あ、おかえりなさい……って、あれ?
 

ライ:

な、何だよ。
 

トール:

何だかさっきより毛艶が良いですね?
 

ライ:

て、手ぇ洗うついでに顔も洗ったんだよ!ちょうど洗いたかったからな!
 

トール:

……
 

ライ:

おい!なんだそのニヤケた面は!おい!なんか言えコラァ!

トールM:

それから僕たちは、山を見回りながらライさんを紹介して周った。
初めこそ皆んな警戒していたが、驚くことにライさんはすぐに受け入れられた。
というのも……

ライ:

この山の奴ら、ちょっとチョロすぎて心配だな。
 

トール:

チョロ……!?そういう言い方はやめてあげてください!
というか何なんですかさっきのアレは!

 

ライ:

何だよ?怯えさせないように頑張ってただろ?
 

トール:

別人じゃないですか!あんな人の良さそうな笑顔初めて見ましたよ!
紹介した僕が一番驚いてましたよ!え?誰この人??って!!!

 

ライ:

「初めまして、私はライと申します。見ての通りオオカミですが、ご安心ください。肉は食べず魚と果物が好物の優しいオオカミです。」
これのどこがダメなんだよ。

 

トール:

だって……何というかもう……〜〜〜っ詐欺師!
 

ライ:

おいおい、嘘はついてねぇだろうが。
 

トール:

胡散臭いハズなのに……!なんかこう……人をダメにする感じが……!!
 

ライ:

よく分かんねぇがいいじゃねえか、これで皆安心してくれんだろ。
 

トール:

そうじゃなくて……!
 

ライ:

何だよ、面倒くせぇな。
 

トール:

ライさんは……そんな風に繕わなくても……いい人なのに……それを皆に知ってほしかったのに……
 

ライ:

……へっ、ありがとよ。
だがよ、物事には順序ってもんがあんだろ。
お前だって最初は戸越しで俺と話してたじゃねぇか、いきなりオオカミが目の前にいるアイツらの方がハードル高ぇって。

 

トール:

それは……そうですね……
 

ライ:

それによ……
 

トール:


 

ライ:

素のままの俺を見せるのは、お前だけでいいんじゃねえの。
 

トール:

え……?あの、それってどういう……?
 

ライ:

あー腹へった!ちょっと魚獲って来るから、火の準備しといてくれ。
 

トール:

あ、ちょっと……ライさん……!
……もう……ふふっ……しょうがないなぁ……

(夕方 川 ライが一人で顔の火照りを沈めている)

ライ:

くそ……アイツといると柄にもねぇことばっかしちまうな……
勢い余って向こう岸まで来ちまった……ちゃんとルート教わっといて良かったぜ……

 

ドブ:

うわぁ〜、マァージで生きてんじゃん。
 

ライ:

!?
 

ドブ:

ヨォ〜、詐欺師ィ。久しぶりだなァ?
 

ライ:

ドブ……!?テメェ……なんでここに……
 

ドブ:

それはこっちのセリフ何だけどォ。あんな大雨の中で崖から落ちたのに何で生きてるワケェ?
 

ライ:

ハッ、何でだろうなぁ?どっかの狩りがヘタクソな奴が仕留め損なったんじゃねぇか?
 

ドブ:

チッ……相変わらずクソみてぇに口が回るなァ……お前と喋ってるとイライラすんだよォ……
 

ライ:

だったら放っときゃいいだろうが、敵いもしねぇのにキャンキャン吠えついてきやがって。
 

ドブ:

うるせぇなァ!俺だってテメェの顔なんざもう見たかなかったつーんだよォ……!

ぜってぇ殺したと思ったのになァ……!村のやつがここらでお前を見たとか言いやがるからよォ……!
 

ライ:

それでわざわざ会いにきたってか。相当暇してんだなぁドブちゃんよぉ。
 

ドブ:

それだけじゃねェ……奇妙な噂を聞いたからよォ……
 

ライ:

噂……?
 

ドブ:

ここら辺の肉を狩ってる奴がよォ……獲物が命乞いしてきたらしいんだわァ……
「どんな体の怪我も治せる、奇跡の実を差し上げます」ってェ

 

ライ:

……!?
 

ドブ:

やっぱりなァ!心当たりありますって顔だなァ!!
 

ドブ:

そいつは腹減ってたからすぐ殺しちまったらしいんだけどなァ

おまえェ……その実を食って生き残ったんだろォ……?
 

ライ:

知らねぇなぁ?知ってたとしてもテメーみてーなクズに俺が教えるワケねぇだろ?
 

ドブ:

いーいーよォー?手足の一本か二本失くなったらお喋りしたくなるよなァ?
 

ライ:

いつもハイエナみてぇにくっ付き合って狩りしてるお前が一人でかよぉ?
 

ドブ:

っ……肉も食えねぇ軟弱な孤児がよォ!

ライM:

逆上したドブが真っ直ぐこちらに飛びかかろうと体制を低くした瞬間。
奴に目掛けて、デカイ岩が飛んでいった。

 

ドブ:

あっぶねェ!?
 

ライM:

ギリギリでドブが後方に飛び退き、俺の後方からは舌打ちが聞こえた。
 

トール:

聖獣の名に於いて命ず、即刻この山から立ち去れ。
 

ライ:

ットール!
 

ドブ:

何だァ……お前ェ……ヤギなんかが偉そうに命令しやがってェ……
 

ライM:

そう言いつつもドブは完全に気圧され後退りをしている。
 

トール:

ライさんに触るなって言ってんだよこのクソ野郎!!!
 

ライM:

先ほどよりさらに大きい岩が空中に持ち上がり、トールは怒号と共にドブへと飛ばした。
 

ドブ:

クソっ……何だこいつゥ……おいクソ詐欺師ィ!俺は諦めねぇからなァ!
 

ライM:

脱兎のごとく走り去るドブを尻目に、トールが駆け寄ってくる。

トール:

っ……ハァ……ハァ……ライさん!大丈夫ですか!?
 

ライ:

あぁ、俺は何ともねぇよ。嫌なもん見せちまったな。
 

トール:

全然……啖呵切ってるライさん最高にカッコよかったです!
 

ライ:

ハァ!?お前なぁ……どっから見てたんだよ。
 

トール:

ライさんを追いかけてきたら、二人が怒鳴り合ってるのが聞こえて、近づいたらアイツが飛びかかろうとしてたんでついカッとなって……すみません
 

ライ:

いや、足もまだ完治してるワケじゃねぇから助かったぜ……お前、キレるとあんな風なんだな。
 

トール:

ち、違いますよ!あれはライさんの普段の言葉遣いが影響しちゃったんです!
 

ライ:

へっ、そうかよ。
……またお前に、助けられちまったなぁ。

 

トール:

当然じゃないですか、その……好きな人が危ない目にあってたら、助けるのは……
 

ライ:

……
 

トール:

あの……ライさん?そこで無言はちょっと僕も来るものがあるというか……
 

ライ:

好きだぜ。
 

トール:

……へ?
 

ライ:

俺も、お前のことが好きだ。
 

トール:

う、え、えぇ!?
 

ライ:

俺のことでこんなに真剣に怒ってくれる物好きなんざ、お前だけだしな。
ありがとな、トール。

 

トール:

……
 

ライ:

おい、お前も無言になってんじゃ……
 

トール:

ちょっと……正直なライさんは……心臓に悪い……です……
 

ライ:

あぁ!?ちょ、おいトール!こんなとこで倒れるんじゃねぇ!!こら!誰が運ぶと思ってんだこの野郎!!!

(数年後 聖域にて ライとトールが話している)

ライ:

……おい、聞いてんのかトール。
 

トール:

……え……あぁ、すみません。ちょっとボーッとしちゃってました。
 

ライ:

ったく、あの時は本当にヒヤヒヤしたぜ。
 

トール:

もう、いつまでその話引っ張るんですかライさん!良い加減忘れてくださいよ!
 

ライ:

忘れろだぁ!?ただでさえデカイお前担いで川渡って、その上山頂まで運んでやった恩を忘れろってのかよ!!
 

トール:

山頂までは皆で運んだって言ってたじゃないですか!それに恩だったら、僕だってライさんの命の恩人なんですからね!!
 

ライ:

ケッ、てめーこそいつまでその話引っ張るつもりだよ。
 

トール:

僕とライさんの出会いのお話ですからね、死ぬまで大事に語り継ぎます。
 

ライ:

継ぐんじゃねーよ!お前まさか山の奴らにその話してねーだろーな!
 

トール:

いやー、それが、サルゥーさんとこのお子様達が「二人は付き合ってるんでしょ!」とか「馴れ初めを教えて!」とか興味津々で……
 

ライ:

話したのかよ!ちゃんとオメーがベソ掻きながら「ライさんのこと、好きになっちゃうじゃないですか!」って喚いてたことも話してあんだろうな!?
 

トール:

そんな恥ずかしいこと言えるワケないじゃないですか!
ちゃーんと「ライさんの方が僕に惚れちゃって、顔を見たい一心で一芝居打ってまで告白しにきた」ってお話しましたよ!

 

ライ:

何が「ちゃーんと」だフザけんな!サルゥーのチビ共のとこ行って訂正してきてやる!!
 

トール:

そんなことしても無駄ですよ!!ライさんは最初オオカミの癖に猫被ってたことはあの子達も知ってるんですからね!嘘つきオジちゃんって呼んでるんですからね!
 

ライ:

どうやらお前もチビ共も教育が必要みてぇだなぁ!?
 

トール:

ギャー!勘弁してくださいー!
って……あ……れ……?

 

ライ:

おい、気絶のフリしたって許してやんねーぞー?
……どうした、トール?
トール!!!

 

 


トール:

ん……あれ……?僕……?
 

ライ:

目、覚めたかよ。
 

トール:

あ、ライさん……すみません、僕眠っちゃってました……?
 

ライ:

……なぁ、トール。
 

トール:

……なんですか?
 

ライ:

お前……俺に何か隠してないか?
 

トール:

……何言ってるんですか、そんなものあるワケないじゃないですか。
お互い誰にも見せたことない場所を見せ合った仲ですよ、今更隠し事なんて……

 

ライ:

カメのジジィに聞いたぞ。
 

トール:

……何をですか?
 

ライ:

聖獣と、あの実のこと。
 

トール:

…………っ……
 

ライ:

……何でだよ……
 

トール:

……
 

ライ:

何で黙ってた!!あの怪我を治す実が、聖獣の寿命を削って生み出されるって何で黙ってた!!!
 

トール:

……
 

ライ:

あるじゃねぇかよ……隠し事……
 

トール:

っ……ごめんなさい……僕……怖かったんです……
ライさんに話したら、きっと傷つけてしまうから……
もしかしたら、あの実を使うのを止めようとしてしまうかもしれないと……

 

ライ:

当たり前だろ……他人のために……お前が命まで削る必要なんてねぇじゃねぇか……
 

トール:

ライさん、聖獣って、生殖能力がないんです。
 

ライ:

……それも聞いた。
 

トール:

その代わり、寿命が他の動物より何倍もあるんですよ。
 

ライ:

……らしいな。
 

トール:

僕ね、この力のこと、最初はちょっと怖かったんです。
山の皆は、番を見つけて愛し合って、子供を産んで、そうやって命を廻しているのに……どうして僕は……って

 

ライ:

……
 

トール:

初めてあの実を使ったのは、子を身籠っていた時のサルゥーさんでした。
流行り病で体調を崩して、母子ともに危険な状態で……旦那さんがどうか助けてくださいって……泣きながら頼みにきたんです。
実を口にしたサルゥーさんは次の日には危機を脱して、三日後に子供達を産みました。
旦那さんは泣きすぎて顔がグシャグシャで、サルゥーさんは凄く優しい目で旦那さんと赤ちゃんを抱いていて。
それを見て僕、この力が大好きになって、とても誇らしく思いました。
聖獣としての、生きる喜びを見つけたんです。

 

ライ:

トール……
 

トール:

そのあとライさんに会って、まさかこんな関係になるとは、思いもしなかったんですけどね。
 

ライ:

馬鹿野郎……お前はホントに……俺に心配ばっか掛ける……お人好しだよ……
 

トール:

ふふ……初めてこの山に来た時も、ライさんはそう言ってくれましたね。
 

ライ:

へっ……そういやぁそんな時もあったなぁ。
 

トール:

あの時も、この力を不気味だとも卑怯だとも言わないで、皆を助けてるなんてスゴイって褒めてくれたの、本当に嬉しか

ったんです。
 

ライ:

……そんな言い方したか?
 

トール:

ライさんは、僕に2回も助けられたって言ってましたけど、僕だって、何回も、ライさんに助けてもらってたんですよ。
 

ライ:

そうか……お似合いだな……俺たちは……
 

トール:

ふふ……すみません、少し……眠りますね……
 

ライ:

っ…………

あぁ……おやすみ……トール……
 

トール:

おやすみなさい……ライさん……愛してます……

トールM:

ココロが暖かい。
体が段々と冷えていくのに、不思議とそれすら心地良い。
乱れた呼吸とは裏腹に、気持ちはとても凪いでいて。
視界は霞み、まるで強すぎる光に眩んだ時のように、全ての輪郭が曖昧に滲んでいる。
僕は、もう長くない。この山を守る聖獣の定め。
最初から最後まで独りで、守ってきた生命を思いながら迎える終わり。
そう、思っていたけど。まさかこんなことになるなんて。
あぁ……でもやっぱり、願いが叶うなら、どうか。

トール:

貴方に……もっとたくさん……愛してる……って……。



ライ:

約束だ……
役目を終えたら、迎えに行くからよ……
ちっとだけ眠って、待っててくれ。



(六日後 ゴートの川 ライ)

ライM:

トールが死んで、六日が経った。次代の聖獣が産まれるまで、あと一日。
二日前、ずっと探っていたドブの動向を、ハチドリ達が掴んで教えてくれた。
ドブはあれからずっと俺と実を探して、ゴート近くの動物達を狩って情報を集めて廻っていたらしい。
奴は結界の効果が薄くなったことを知り、仲間を集めてこっちに向かっていると。

ライ:

上等だよ……決着つけるにはおあつらえ向きじゃねぇか……

(ライ 霊峰へと続く川の前でドブを待つ)

ドブ:

久しぶりだなァ〜、クソ詐欺師ィ〜。
 

ライ:

……
 

ドブ:

挨拶もできないなんて、随分落ち込んでるみたいだなァ?
 

ドブ:

ホントに川の向こうに、綺麗な山が見えるぜェ……噂は本当みたいだなァ……
 

ライ:

テメーとお喋りする気分じゃねぇんだ、来いよ。殺してやる。
 

ドブ:

ヒヒハハハッ!イキがってんじゃねぇよォ!この群れが見えないのかァ?
あの時のクソヤギも死んじまったんだろォ?

 

ライ:

イキがってんのはどっちだよ。
トールが居ないのも知っててこんな数集めてきたんだろ?やっぱりお前はオオカミじゃなくてハイエナがお似合いだな。

 

ドブ:

……クソ詐欺師がァ!!

ライM:

なぁ、トール。
俺はあの時お前に命を救われて、ここまで生きてきた。
それまでは群れの連中から詐欺師だ嘘つきだと忌み嫌われて、恨まれて命を狙われた。
必死に探してきた「天国」を見つけた時に、気付いちまったんだ。
「俺の人生で一番楽しかった時間」が「天国」にいた時じゃなくて
お前と一緒にいる時間になってたことを。

(死闘の末、ライがドブの喉元を食い破る、ライの体も食いちぎられており満身創痍)

ドブ:

が……はァ……!!こ……の……クソ……詐欺……師……!!
 

ライ:

ハァ……ハァ……違ぇよ……

ライM:

だから、そんな時間を与えてくれたお前を。

ライ:

俺はもう……詐欺師なんかじゃねぇ……

ライM:

お前が守ってきたこの場所を。

ライ:

俺は……

ライM:

俺にも守らせてくれ。

ライ:

俺は……この山の……トールの……守護獣だ!!



トールM:

霊峰ゴートの頂きで、たくさんの花に飾られた聖獣の墓。
 

ライM:

その墓に寄り添うように、一匹のオオカミが横たわっている。
 

トールM:

そして、墓とオオカミの間には。
 

ライM:

次代の聖獣が、その産声をあげていた。

トール:

「聖獣と」
 

ライ:

「守護獣」


-Fin-

​み

​い

​たっと

​みどりたけ

​とばり

​いっつい

​ぼく

​おぶ

​からか

​せいじゃく

しじま

​ひよく

​いただき

​わたくし

​つかい

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