Moji茶屋
冠の花
かむろ
(2:0:0)
上演時間35〜45分
登場人物
・橘 君彦(タチバナ キミヒコ)
伊織の恋人、30後半〜40代前半。長身で男前のため目をひく。
軽口を叩いて揶揄うような行動をするが、恋愛に対して臆病な心の裏返しからくるものでもある。
・姫野 伊織(ヒメノ イオリ)
君彦の恋人、20代前半。あどけなさが残る顔と可愛い苗字が密かなコンプレックス。
初対面の人にも名前で呼ぶように言う。自分の考えや気持ちを言葉にすることが苦手。
君彦M:
人間は面倒だ。自分の気持ちも上手く理解できないのに、誰かと一緒に居ようとする。
伊織M:
人間が好きだ。自分と違う見た目、考え。けど、同じ気持ちを共有できる瞬間が好きだ。
君彦M:
その点言葉は良い。思っていることも、いないことも、口にすれば良いだけなのだから。
伊織M:
だけど言葉は苦手だ。上手く扱えないし、思ってもない様な意味に捉えられたりしてしまう。
君彦M:
言葉が苦手だと、君は目を伏せて俯いた。
伊織M:
人間は面倒だと、貴方は目を細めて嗤った。
君彦M:
それを見て僕はーーー
伊織M:
それを聞いて俺はーーー
伊織:
「冠の花」
(キミヒコの部屋。食後にソファでくつろいでいる二人。)
君彦:
花火大会?
伊織:
そう、隣の市の結構有名なやつ。今週の日曜なんだって。
今年はあんまり遠出できそうにないし、一つくらい……夏らしいことしたくて。
君彦:
……へぇ。
伊織:
……なに?
君彦:
いや?出不精のイオリが珍しいなって思って。
伊織:
ん…そりゃあ、確かにそんなにアクティブな方ではないけど、出不精ってほどでもないだろ。
さっきも言ったじゃん、夏らしいこと一つはしたいって。
君彦:
どうして?
伊織:
は?
君彦:
どうしてイオリは、夏らしいことしたいと思ったの?
伊織:
なにそれ。俺が季節を謳歌しようとしちゃいけないわけ?
君彦:
そうは言ってないだろ(苦笑)
伊織:
言ってるようなもんだろ。
君彦:
イオリはすぐ人酔いするし、暑いのも苦手。
体力だってないし、さもすれば外出したってすぐ休もうっていう……
伊織:
あぁぁ!もうわかったわかった!
でも、本当に大した理由なんてないよ。
このまま何のイベントもなく、夏が終わっちゃうのが寂しいだけ。
君彦:
……あったじゃないか、イベント。
伊織:
……?
君彦:
キャンプ、先月大学の友達と行っただろう?
伊織:
いや、それは…
君彦:
それに、来週は大きな即売会があるんだっけ?漫画とかゲームの。
そっちには高校時代のご学友と遊びに行くんじゃなかったのかな?
伊織:
……
君彦:
ん?
伊織:
キミヒコさん……なんか怒ってる?
君彦:
僕が?ハハッ、まさか。
イオリはまだ大学生だし交流が盛んなのは大変喜ばしいと思うよ?
伊織:
いや……顔笑ってないし、口調変だし。目怖いよ。
君彦:
ふふ。まぁ冗談は置いといて、本音を言うとちょっと寂しい気持ちはあったけど。
僕が仕事で忙しい日だけ、他での予定を組んでくれてるのも気付いてたし
伊織:
なっ……
君彦:
そんな優しいイオリ君に、ちょっと甘えてるだけだよ。
伊織:
……ウィンク、下手すぎ。
君彦:
だから、寂しがり屋な大人をもうちょっと甘やかしてくれないかな?
伊織:
……?
(キミヒコ、子供に言い聞かせるように、ゆっくりと一語ずつ確認するように話す)
君彦:
どうしてイオリは、友人の皆と夏のイベントを過ごしてるはずなのに、
「夏らしいことを一つはしたいから」と、花火大会に誘ってくれたのかな?
伊織:
だ、だから……
君彦:
だから?
伊織:
それは……
君彦:
それは?
伊織:
……こ、「恋人」と、「夏らしいことしたいから」……
君彦:
うん?
伊織:
……っあんたと行けそうな花火大会調べて誘ってんだろ!!クソジジイ!!
君彦:
はい、良く出来ました。これで「恋人」に放っておかれた傷も少しは癒えるよ。
伊織:
思ってもないことを……。
君彦:
でも口が悪いのは頂けないなぁ?仮にも、もうすぐ社会人になるんだから。
伊織:
その説教、おっさん臭い。
君彦:
おじさん、好きな癖に。
(キミヒコがイオリの頬にキスする)
伊織:
っ……俺!そういうキミヒコさんの「オッサンの癖に自信満々で、何やっても様になる」所が嫌いだ!
君彦:
僕はイオリの「意固地だけど照れ屋で真っ直ぐ」な所が好きだよ。
伊織:
っ~!「ああ言えばこう言う」所も!!
君彦:
論理的って言ってほしいなぁ。
それと……「何やっても様になる」は、もう褒め言葉だよね?
伊織:
うるさい!馬鹿!!いいから、今週の日曜空けとけよな!!
(イオリが立ち上がり部屋を出て行こうとする)
君彦:
あれ?帰っちゃうの?今日は泊まらない?
伊織:
コンビニ!暑いからアイス買ってくる!!!
君彦:
じゃあ僕も一緒に……
伊織:
いい!一人で行く!!
(イオリが扉を乱暴に閉め、玄関へ向かう)
君彦:
……っふふ、ちょっとイジりすぎたか。でも……
(キミヒコが扉を開け、半身を覗かせながら玄関のイオリに声をかける)
君彦:
イオリー
一人で行くなら、おつかい、頼まれてよ。
伊織:
……なに?
君彦:
コンドーム。こないだので最後だったから買ってきて。
伊織:
……っ!死ね!変態セクハラオヤジ!!
君彦:
え、じゃあ生でいいの?僕は検査してるし構わないけどイオリってば大胆……
伊織:
しねーよ!!!明日も仕事だろ!!!もう寝てろ!!!そして二度と起きてくるな!!!
(イオリが玄関を乱暴に閉め出ていく)
君彦:
(閉まる扉に向かって)起きなかったら仕事できないよー
……未だにあんな可愛い反応するから、ついイジりたくなるんだよなぁ。
君彦M:
イオリと付き合いだして一年、彼は笑ってしまうほど初々しい反応を返してくれる。
自分でも少し年甲斐がないとは思いつつも、ついつい彼に構ってしまう。
……というのも、恥ずかしながらこの歳まで、付き合う相手と交際が長く続いたことはなかった。
経験はそれなりに豊富だとは思う、どうやら僕は目を惹くらしく、夜の相手に困ったことはない。
ただ、男同士という関係に、どこか一線を引いた様な相手とばかり付き合って、それも3ヶ月持てば良い方だった。
だから、こうしてお互いの家に行き来したり、寝食を共にするのも初めてで、なんだかそれがとてもこそばゆく、浮き足立ってしまう。
ちょっかいを掛けすぎて、たまに本気で引かれたりもするが、それでもやめられないのは……
君彦:
「まだ」……大丈夫か、確かめたいんだろうなぁ……。
(コンビニで買い物を済ませたイオリ、ソーダ味のアイスキャンデーとコンドームが袋の中に入っている)
伊織:
……っとに、あのスケベジジイめ……。
……でも、ちょっと言い過ぎたかな……。
伊織M:
ふと、先程自分が放った言葉を思い返して苦い顔になる。
前に付き合っていた奴とは、俺が嫉妬して放った言葉が原因で、口論となり別れてしまった。
もちろんそれはきっかけに過ぎない、前々から二人の中は徐々に険悪になっていた気がする。
それでも、俺の放った言葉がきっかけでダムは決壊し、堰き止めていた感情は流れ出てしまった。
今でも感情が昂ると言葉が荒々しくなってしまう。
伊織:
……やっぱり、言葉は苦手だな……。
(花火大会当日、会場がある駅の改札でキミヒコを待つイオリ。)
伊織:
全く……、休みの日でも仕事が入るなんて……
花火までまだ時間はあるけど……キミヒコさん、大丈夫かな……。
君彦:
ごめんごめん、お待たせー。
伊織:
キミヒコさん!良かったー、間に合わないかと思っ……
(振り向いた先、浴衣姿に下駄を履いたキミヒコが立っている。)
君彦:
いやぁー参ったよ。まさか納品ギリギリに追加でこれもなんて……。
なんとかできる量だったから良いモノの、これでイオリとのデートに間に合わなかったら特急料金を10割増しに……
イオリ?大丈夫?
伊織:
……あ、あぁ!なんでもない、間に合って良かった。
君彦:
本当に?結構人多いし、待たせちゃったから……人酔いしてない?
伊織:
大丈夫だって!急に仕事入ったから、間に合わないかもって心配だっただけ!
花火、海から打ち上げるみたいだから砂浜まで歩こう。ここから海まで、ずっと出店があるんだって!
君彦:
ヘェ~、凄いな。そういえばお客さんに聞いたら、ちょっとどころかかなり有名だって言ってたよ、ここの花火。
伊織:
みたいだね。子供の頃に何度か来てたけど、こんな風だったかなぁ……ははは……
伊織M:
びっくりした……!
やばい……浴衣姿のキミヒコさんめちゃくちゃ格好いい……!
そりゃ元々背は高いし顔も良いから似合うだろうなとは思ってたけど……けど……
(信号待ちになり、隣のキミヒコを横目で見上げる。)
君彦:
浴衣なんてもう何十年ぶりに出したよー。
夜は涼しくていいけど、こうも人が多いとやっぱり蒸し蒸しするね。
扇子も持ってきたかったけど、見つからなかったんだよなぁ。
(胸元の衿合わせを少し持ち上げ、手で仰ぐキミヒコ。)
伊織M:
想像以上に……良い……!!
あ、キミヒコさん、今日香水つけてるんだ……。
デートの時につけてくる、お気に入りのやつ……。
っ……なんか色々やばい!!幸福が過ぎる!!今日誘って良かった!!
君彦M:
……まずいな。
納期前の忙しさもあって、4日会わなかっただけなのに……
久しぶりに見るイオリが、浴衣姿だなんて……
(出店の数が増え、イオリが嬉しそうに目を輝かせる。)
伊織:
あ、ラクガキせんべい!懐かしいなぁ~!
キミヒコさん、これ知ってる?たこせんべいにシロップで絵を描いて、色付き砂糖をまぶすんだけど。
俺絵心ないから、全面塗りつぶして砂糖いっぱいつけてもらってたなー。
俺、ちょっと買ってくる!
(駆け出しはしゃぐイオリを、後ろから見ている。)
君彦M:
衣紋から見えるうなじ、Tシャツとはまた違う趣があるな……。
腰骨で帯を止めて、ピッチリと着るから尻の形もまざまざと……。
……撫で上げたい。
(ラクガキせんべいを齧りなら、イオリが振り返る。)
伊織:
そういえば、キミヒコさん。
君彦:
ん!?ど、どうした!?
伊織:
キミヒコさんこそどうしたのさ。
君彦:
いや、ちょっと……ぼーっとしてただけだよ。
伊織:
あぁ、キミヒコさんて、たまにすごく真剣な顔して考え込んでるなって思ったら
ぼーっとしてるだけの時、結構あるよね。
君彦:
んんっ!(咳払い)僕のことはいいから、何か言おうとしてたんじゃないのか?
伊織:
ん、キミヒコさんはさ、好きな花火ってある?
君彦:
好きな花火?
伊織:
そう。俺も名前とかは知らないんだけど。
種類が色々あるじゃん?
君彦:
あぁ……僕は、特にない……かな……。
……イオリは?聞いてきたからにはあるんだろう?
伊織:
あー、うん。でも名前とか分かんないんだよね。
君彦:
特徴はわかる?どんな燃え方?
伊織:
えーと、クライマックスの一番最後とかに上がってるかな?
こう、火花が他の花火よりも長く残ってて、ゆっくりと星が落ちてくるみたいな。
君彦:
あぁ、冠だね。
伊織:
かむろ?
君彦:
冠菊とか柳とか、火花の色でももっと呼び名が変わったりするらしいけど。
伊織:
そうなんだ……冠……
君彦:
ちなみに、さっきイオリは火花を星に例えてたけど。
花火の火薬は二種類あって、花火の色や形を作る火薬を「星」って言うんだよ。
伊織:
え!そうなの!?
火薬の名前が……星……。昔の人、ロマンチックだな。
君彦:
あぁ……イオリのそういう感性、凄く好きだよ。
伊織:
っ!さ……さすがキミヒコさん、伊達に歳をとってな……
君彦:
何かな?
伊織:
あ、いや……さすが博識だなぁと感心しておりました……。
君彦:
全く……。
人を年寄り呼ばわりした罰として……あれ、買ってきなさい。
(りんご飴の屋台をキミヒコが指差す。)
伊織:
ん……りんご飴?
君彦:
あぁ、屋台で一番好きなんだ。買ってきてくれるかい?
伊織:
別にいいけど、俺に行かせなくても自分で行けばいいのに……。
って、なにあの行列!?
君彦:
お客さんに聞いたんだ。
毎年ここに出してる飴屋さんで、その場で飴細工をしてオリジナルのリンゴ飴を作ってくれるんだって。
味も絶品だからって、オススメされちゃってね。食べてみたかったんだ。
伊織:
えぇー……
君彦:
ハートの形、作ってもらってきてね。
伊織:
えぇー!!
君彦:
嫌かい?
伊織:
嫌だよ!普通のでいいじゃん!それか別のやつ!
君彦:
別か……。じゃあ、チョコバナナを買ってきて、歯を使わずにチョコだけ舐めてもらおうかな。
伊織:
飴買ってきます。
君彦:
そのあいだ僕はイカ焼きを食べながら4Dさながらの臨場感を……
伊織:
飴買ってくるつってんだろ!!!
君彦:
ぷっ……くく……
(微笑んで)ありがとう。
伊織:
っ、くそ……顔が良い……。じゃあ、買ってくるから適当な場所で待ってて。
あんまり遠くに行かないでよー!
君彦:
行ってらっしゃい。
(キミヒコ、イオリが並びに行くのを笑顔でヒラヒラと手を振り見送る。)
君彦:
ふっ……僕は手のかかる子供かな…?
……好きな花火……か……。
君彦M:
イオリの何気ない一言に、遠い昔の事を思い出していた。
僕が一番初めに付き合った男。そう思っていた人。
当時大学生だった僕は、同じゼミで一つ上の先輩に好意を寄せていた。
相手の恋愛対象は女だと分かっていたけれど、段々自分の気持ちに抑えがきかなくなっていた。
地元の花火大会に一緒に行き、家に泊まりに来た先輩と宅飲みをした時に告白。
返事はまさかのOKだった。嬉しかった。そのまま愛し合い、眠りについた次の日。
伊織:
(先輩)「ごめん、やっぱ男は無理だわ」
君彦M:
二日酔いで頭が痛むのか、僕を抱いたことを後悔していたのか。
彼は頭を抱えながら「酔っていたからだ」だの「抱くだけならできた」だのと、つらつらと言い訳をしていた。
「昨日は好きだと言ってくれたのに、愛し合ったのに」
こんな陳腐で女々しい反応しかできなかった僕も僕だが、心のどこかで彼が考え直してくれるのではないかと期待していたのだろう。
だが違った。考え直した結果がこれだったのだ。
黙ってしまった僕に、彼はこう続けた。
「俺たちは男同士で、まだ若い。若い身空の恋なんて、花火みたいなモノだ。」
「燃え上がるのは一瞬で、一度爆ぜれば後は消えるだけ。朝には何も残らない。」
「男同士なんて生産性のない付き合い、一晩楽しめば充分だろう」と。
反論したかった。そんなことはないと叫びたかった。
だがそう思う反面、どこか諦めるように納得してしまう自分もいた。
「男同士だから、何も残せないから」
こうして歳を重ねた今でも、付き合う相手に対して深く踏み込むことを躊躇してしまうようになっていた。
僕は捻くれた大人だから、純粋で素直な反応を返してくれるイオリを揶揄って、許してもらうことで、気持ちを測ろうとしてしまう。
まだ許してくれる。まだ大丈夫……。
(リンゴ飴を買ったイオリ、人混みの中キミヒコを探している)
伊織:
やっと買えた……くそ……そろそろ花火始まっちゃうんじゃないか……?
でも、さすが行列のできる人気店、ハートのリンゴ飴をその場で作ってくれるなんて……ん、味も美味い。
キミヒコさん、どこかな……?あの人たまにボケッとしてるから、人混みに流されてないといいけど……。
(辺りを見回し、屋台の間にある石像前のスペースで佇むキミヒコを見つける。)
伊織:
お……いたいた。
うーん……やっぱ遠目から見てても絵になるな……誇らしくも腹立たしい……
ん……?
(少し離れた場所から、若い女性二人がキミヒコを見ながら色めきだっているのを見つける)
伊織:
あの子達……、キミヒコさんの事見てる……よな……。
……そりゃそうか……。男の俺から見てもあんなにカッコいいんだから、若い女の子もそう思うよな……。
伊織M:
胸の下あたりがグルグルする。体の内側がドロドロとした何かで膨れ上がるような。
食道と肺に重しをつけて、臓器が下に引っ張られるような。
嫌な事を思い出してしまう。
高校時代に付き合った奴は、ルックスが良くて結構な遊び人だった。
来るもの拒まず、去るもの追わず。男は俺だけだったみたいだが、女の影はそこらじゅうにチラついていた。
デートの約束に遅れて来た日。そいつは女の残り香を纏い、首には情事の跡がついていた。
大して悪びれる様子もなく笑顔で現れたそいつに、俺は怒りをぶちまけた。
「お前は、俺のものだろう!!」
怒りに任せて言い放つ俺に、そいつは謝りながら「もう他のやつと遊んだりしない」と言う。
そう思っていた。
君彦:
(元カレ)「俺はお前の”物”じゃない。オモチャを独り占めしたいなら他をあたれ」
伊織M:
「オモチャだなんて、そんな風に思ったことは一度もない。」
「付き合っている相手に自分だけを見て欲しいと望むことがオカシイのか。」
……そこからは、いくら言葉を交わしても、お互いの神経を逆撫であうだけだった。
価値観が違う、それは分かってるつもりだった。
それでも、あいつと同じ物を見て、同じ気持ちになって、笑い合える瞬間が好きだった。
俺があの時、嫉妬に駆られなければ、言葉を間違えなければ。
別れてから暫くは、そんな後悔を抱えて過ごしていた。
(キミヒコ、イオリが立ち止まっているのを見つける。)
君彦M:
お……戻ってきたか……。
ふっ、本当にハートの形にしてる……可愛いし似合って……
……?あんなところで立ち止まってどうしたんだ……?
(キミヒコ、イオリが切なげな表情で別のところを見ているのに気付き視線を追う。)
君彦M:
おいおい……、そんな切なげな顔、僕以外の誰に向けて……。
(視線の先では、若い女性が二人はしゃぎあっている。)
君彦:
っ……。
君彦M:
イオリの視線の先では、同年代であろう女の子二人がはしゃぎ合っていた。
先程思い出した言葉達が、再びフラッシュバックする。
伊織:
「男同士だから」「若い」「生産性」
君彦M:
もう顔も思い出せない先輩の言葉が、イオリの声で再生される。
っ違う……、イオリはそんなことを言ってはいない。
声を掛けようとするが、まるで金縛りにでもあったかの様に、動くことができなかった。
その時、会場に花火開始10分前を告げるアナウンスが流れた。
アナウンスを聞き、女性達を見ていたイオリがハッとした様にこちらを見る。
視線がぶつかると、どこかぎこちない笑顔を浮かべながら僕の元へ駆け寄ってきた。
伊織:
ごめん!お待たせ……。リンゴ飴、買ってきたよ。
君彦:
あ、あぁ。ありがとう……。
(少しの間、気まずい空気が流れるが、イオリが明るく振る舞う。)
伊織:
苦労して買ってきたんだから、有難く食えよな。
君彦:
まさか、本当にハートの形にしてもらうとは。うん、美味しいねコレ。
伊織:
はぁ!?冗談だったのかよ!!
君彦:
でも予想通り、イオリが持ってる姿は可愛かった。
伊織:
っ、はいはい!そいつはどうもありがとう!……ほら!花火始まっちゃうから、ビーチ行こう!
伊織M:
可愛いと言って、俺を見つめるキミヒコさんに照れてしまって足早になる。
さっきまでの気持ちが嘘のように、胸の下がジワジワと、温かく、こそばゆかった。
自分でも内心「これはチョロすぎるのでは」と、照れ隠しに悪態をつく。
伊織:
っていうか、男二人でハートの形したリンゴ飴とか……。側から見たら色々アレだよなー(笑)
君彦:
っ…‼︎
伊織M:
照れた顔を見られないよう、早足で先を歩いていた俺は見えていなかった。
俺の放った言葉に、キミヒコさんがどんな表情をしていたのか……。
(ビーチに移動し、花火をみる場所を決めようとしている二人)
伊織:
おぉー!キミヒコさん見て!あの防波堤と、後ろの船から打ち上げるのかな!
ここら辺ちょうど真正面っぽいね、こんな近くで見るの初めてだからドキドキしてきた!
君彦:
あ、あぁ。僕もこんなに近くで見るのは初めてだよ。火の粉とか大丈夫かな。
伊織:
皆いるし大丈夫なんじゃない?そこ空いてるから、ここで見よっ…か……
(イオリ、振り返りキミヒコを見ると、わずか後方に先程の女性二人も席を探していることに気づく。)
伊織:
っ……、そうだね!火の粉被るかもしんないし、あっちのすいてる方にしよう!!
(イオリ、キミヒコの返事を待たず進んでいく。)
君彦:
えっ、別にここでも…大丈…夫……。
君彦M:
急にどうしたのだろう、後ろを気にしていたようだけど……。
僕の返事も聞かず、人の少ないビーチの左側へ向かうイオリを怪訝に思い、後ろを振り返る。
そこには、先程イオリが見ていた女性二人が席を探して歩いてる姿が見えた。
君彦:
っ、あれは……。
伊織:
(少し遠くから焦ったように)キミヒコさん!こっち!早く!
君彦:
……あぁ……今行くよ……。
(ビーチの左側、人の少ない場所に腰掛けたイオリが手招きする。)
(女性達から離れ、安心したイオリは落ち着いている。)
伊織:
こっちこっちー!後5分で始まるって!
君彦:
……。
伊織:
左側は人少ないけど、あっちとそんなに変わんなそうだね。穴場ってやつかな?
(キミヒコ、無言でイオリの横に腰掛ける)
(ビーチの左側は明かりが少なく、キミヒコの様子に気づかず話し続けるイオリ)
伊織:
さっきのアナウンス聞いた?この街って、三方が山に囲まれた「すり鉢状」になってるから
海で打ち上げた花火の音が、スタジアムみたいに反響して響くんだって!
君彦:
……。
伊織:
ショーは1から5部にプログラムが分けられてるらしいから、さっき言ってた冠も何回か見れるかな?
カメラ持ってくれば良かったかな~、でも俺上手く撮れないし……スマホでも綺麗に映るかな?
……キミヒコさん?
君彦:
……。
伊織:
……どうしたの……?
(キミヒコ、ゆっくりとイオリを見やる。)
(打ち上げ3分前になり、ビーチの灯りは全て落とされ、目が慣れず表情はよく見えない。)
君彦:
……イオリ……
伊織:
……
君彦:
……さっき……どうして急に……場所を変えようって言ったの?
伊織:
っ…そ…れは……
君彦:
……さっき見てた女の子達と……関係あるのかい……?
伊織:
っ…!!
……どうして……そのこと……………
君彦:
答えて。
伊織:
っ………
君彦:
イオリ。
伊織M:
息が上手く吸えない。
言葉が出てこない。
キミヒコさんはどうして分かったのだろう。
俺が醜い嫉妬を抱えていると、なぜ気付いたのだろう。
態度に出てしまっていただろうか。
それほど醜い顔をしていたのだろうか。
俺が醜い独占欲を持っていると気付かれてしまった。
キミヒコさんになんて思われた?
ーーーどうしよう。
打ち上げ3分前を迎えたビーチは、灯りが全て落とされ真っ暗になっていた。
まだ目が慣れていなくて、キミヒコさんが影でしか分からず、表情は見えない。
何か言わないと、このまま黙ってても事態は変わらない。
今度は上手く言わないと、キミヒコさんに誤解のないように伝えなきゃ。
あれほど後悔して、こうすべきだったと何度も考えていたはずの言葉達が出てこない。
「物だなんて思ってない、でも俺だけを見て欲しい。」
その思いをなんとか言葉にしようと口を動かしても、音もなく微かに唇が震えるだけだった。
胸が苦しい、息は上手く吸えず、体の内側で言葉にできない想いだけが膨れ上がって潰されそうだ。
言葉の代わりに涙が零れそうになるのを、堪(こら)えることしかできない。
君彦M:
ーーー理由を聞いてから、何秒たっただろうか。
灯りの消えた今、イオリの表情は見えない。
だが、「彼女達に関係があるのか」そう口にした時、かすかにイオリの体が揺れた。
……やはり、そうなのだ。
イオリは、女性と築く未来を望んでいる。
先程の女性達を避けて、人目の少ない場所にこうして移動したのも。
僕と……男と並んでリンゴ飴を食べるのを、花火を見るのを、他の人達から見られたくないのだろう。
そういえば家族連れの客も多かった、それを見てイオリは気づいてしまったのかもしれない。
僕といてもあんな未来は訪れない。愚図る我が子をあやし、肩車をして祭りを楽しむ未来。
(数秒の間)
君彦M:
未だ返答はないが、浅く乱れた呼吸がイオリから聞こえてくる。
彼は優しいから、きっと僕を傷つけない様に言葉を選んでくれているのだろう。
不思議だ。先輩と同じ理由で別れることになっても、イオリが相手ならこんなにも穏やかな気持ちで受け入れられる。
元々、親子ほど歳の離れた僕たちが、一年も付き合えただけで充分じゃないか。
人と関係を、深く築くことなど面倒だと思っていた僕に、人を愛する幸せを教えてもらえたじゃないか。
ーーー僕は、君の未来の妨げになど成りたくない。
君がそう望むのなら、僕から別れを切り出そう。
君が気に病むのなら、僕は傷ついたりなどしない。
だから、どうかーーー。
君彦:
イオ……
(キミヒコが口を開こうとした瞬間、海上から一筋の光が立ち昇る)
伊織M:
沈黙を破ったのは、海の上から立ち昇った、一筋の光。
君彦M:
天高く駆け上がっていく、その光の道筋を。
伊織M:
数瞬遅れて、鳶が鳴く様に音が追っていく。
君彦M:
夜の海と、空の間を縫い付けた光が。
伊織M:
遥か上空で、3秒。輝きを失くす。
君彦M:
音だけが鳴り響く宵の空。誰もが顔をあげ、天を仰いだ。
伊織M:
その音も消え去り、一瞬の静寂。
君彦M:
ーーー空に。
伊織M:
冠の花が、咲き誇る。
君彦M:
金色の花が夜空を飾り、街中から歓声が湧き上がる。
伊織M:
人々の声が鳴り止まぬ中、落雷にも似た轟音が轟く。
君彦M:
それは鼓膜だけでなく、海に、街に、心臓にまで響くほどの。
伊織M:
それは三方の山を駆け、山彦となり、大気を震わせた。
君彦M:
瞬きを惜しむほどの、永遠の、一瞬。
伊織M:
火花は更に広がり、空を埋め尽くす。
君彦M:
星が、ゆっくりと落ちる様に。
(ゆっくりと空を埋め尽くす火花に、観客達は再度歓声を大きくする。)
(イオリ、息苦しさはなくなり、ぽつりと言葉をこぼす。)
伊織:
……花火……綺麗だね……。
君彦:
……あぁ……綺麗だ……。
イオリと……一緒に……観に来れて良かった……。(これが最後でも)
伊織:
っ……。っふ……グスッ……(これが最後でもは聞こえずに被せて泣き出す。)
君彦:
っ、イオリ……!?大丈夫……?
伊織:
ごめんなさい……俺……あの女の人達が、キミヒコさんのこと見てて……
それで……嫉妬してた……!!キミヒコさんが……そっちに行っちゃったらどうしようって……
ごめんなさい……こんな……汚い嫉妬して……ごめんなさい……!!
君彦:
イオリっ!
伊織:
っわ…!
(キミヒコ、肩口に鼻先が埋まるほどイオリを強く抱きしめる)
君彦:
僕の方こそごめん……!君がそんな風に思ってるなんて気づかないで、理由を聞いたりなんかして。
伊織:
キミヒコさんは悪くないよ……、俺が醜い独占欲なんて持ってるから……。
君彦:
醜くなんかない!イオリの口から嫉妬してると聞いて、僕がどれほど嬉しかったか……。
伊織:
嬉しい……?本当に……?俺のこと……嫌いにならなかった……?
君彦:
逆だよ、大好きだ……。愛してる!僕の恋人はこんなに可愛いんだと世界に知らしめてやりたい!
(イオリ、密着したキミヒコの体から、伝わる鼓動に安堵し、そっと背中に手をまわす)
伊織:
……キミヒコさん……
君彦:
なんだい……?イオリ……
伊織:
そろそろ、恥ずかしいから……離れて……
君彦M:
気づけば花火は、残すところ最後のプログラムだけとなっていた。
君彦:
ごっ、ごめん!嬉しすぎてつい……!
伊織:
っふふ……俺も、嬉しいよ。キミヒコさん、ありがとう。
……俺も……愛…してる……。
伊織M:
それからもう一度、キミヒコさんに抱きしめられて、二人並んで花火を見た。
君彦M:
同じものを見て、綺麗だと、笑い合った。
(花火大会が終わり、砂浜を歩きながら、二人はお互いの過去の話を打ち明けあっていた。)
伊織:
へぇー、そんなこと言う奴がいたんだ。
「俺の」キミヒコさんの初めてを奪っておいてヤリ捨てるだなんて……!
その人今何してるの?SNSとか知らない?
君彦:
何考えてるか大体わかるからやめて。それにね、今となっては感謝してるんだよ。
伊織:
はぁ!?なんでさ!!
君彦:
あの時のことがあったから、今こうして、イオリと一緒にいられると思うとね。
伊織:
あ~、だ・か・ら!顔がいいからそういう臭いセリフも似合うんだって!やめてよ!
君彦:
え、僕臭い?臭う?
伊織:
はいはい、香水のいい匂いしかしません~。
伊織:
……あー、でもその人の言うことちょっとは分かるとこもあるかな。
君彦:
えっ……!?やっぱり女の子の方が……!?
伊織:
違うって!恋は花火みたいなモノ~ってやつ、半分は納得できる。
君彦:
半分?
伊織:
確かにブワ~っと燃え上がって、いつかその火がなくなっちゃうかもしれないけどさ。
燃え尽きたんだよ、それは。自分が出せるもの全部出し切って、燃やして、光って。
君彦M:
ふと、イオリが歩みを止める。足元の砂浜から何かを拾い上げると、僕の方を振り返った。
伊織:
何も残らないわけじゃないよ。
君彦M:
微笑みながら僕に手渡してきたのは、花火の、燃え残った欠片。
伊織:
それに!俺は冠の花火だから、命が尽きるまで、ゆっくり、燃え続けてさ。
……キミヒコさんのところに、落ちてくるよ。
(二年後の冬、キミヒコの部屋。食後にコタツでくつろいでいる二人。)
君彦:
温泉旅行?
伊織:
そう、隣の県の結構有名なとこ。会社の忘年会でくじ引きあたっちゃって。
就職してから忙しくて……なかなかゆっくりできてないし、たまには……その……恋人らしいことしたくて……。
君彦:
……へぇ。
伊織:
……何。
君彦:
いや?僕の恋人は、どうしてこんなに可愛いのかなと思って。
伊織:
っるっせー!ばか!いいから休めるようにしておけよな!
(イオリが立ち上がり部屋を出て行こうとする)
君彦:
あれ?また寒いのにアイス買いに行くの?
伊織:
コタツで食うのがいーんだよ!わかってねーな!
(イオリが扉を閉め、玄関へ向かう)
(キミヒコが扉を開け、半身を覗かせながら玄関のイオリに声をかける)
君彦:
イオリー
伊織:
なんだよ、コンドームならまだあるぞ。
君彦:
いやんえっち
伊織:
じゃーな
君彦:
待って、滑ると危ないし、僕も一緒に行くよ。
伊織:
~っ、そんな、アンタじゃあるまいし若いんだから平気だよ。
君彦:
だーめ、上着取ってくるからちょっと待ってて。
伊織:
……ん。
君彦:
お待たせ~、っふふ……。
伊織:
靴履きながら何ニヤニヤしてんの?気持ちわる……
君彦:
んー?なんでもないよ。っよしできた!いこいこー!
伊織:
……?変なキミヒコさん……。
(パタン、とドアが閉まった玄関の内側)
(玄関棚の上には、今までに二人で撮った、色んなところに行った写真と)
(「2021年8月5日、花火大会にて!」と書かれた、花火の欠片が飾られている。)
君彦:
うわぁー!寒い寒い!イオリー、ポケット貸してー!
伊織:
冷たっ!あんた最近冷え性悪化してないか!?
君彦:
あー、早くこたつに戻りたい!あ、みかん売ってるかな?
伊織:
コンビニにはないよ……、あっちのスーパーいく?
(イオリのポケットの中で手を繋ぎ、二人は談笑しながらフェードアウトしていく)
君彦M:
人間は面倒だ。自分の気持ちも上手く理解できないのに、誰かと一緒に居ようとする。
伊織M:
人間が好きだ。自分と違う見た目、考え。けど、同じ気持ちを共有できる瞬間が好きだ。
君彦M:
その点言葉は良い。思っていることも、いないことも、口にすれば良いだけなのだから。
伊織M:
だけど言葉は苦手だ。上手く扱えないし、思ってもない様な意味に捉えられたりしてしまう。
君彦M:
言葉が苦手だと、君は目を伏せて俯いた。
伊織M:
人間は面倒だと、貴方は目を細めて嗤った。
君彦M:
それを見て僕は
伊織M:
それを聞いて俺は
君彦M:
なんて
伊織M:
とても
君彦M・伊織M:
愛しい
君彦M:
そう思った。
伊織M:
そう感じた。
君彦:
「冠の花」
Fin
わら
えもん
おもむき
こしぼね
かむろ
かむろぎく
やなぎ
はた
さんぽう
とび
やまびこ
あいつ
からか
けげん