
聖邪の交唇
こうしん
(3:0:0)
上演時間40〜50分
登場人物
・テア
双子の兄、利発的だが体が弱く、外に出ることは滅多にない。弟と神父を大切に想っている。
・バン
双子の弟、健康的な体躯と性格、細かいことは気にしない。兄を盲信している。
・ダリル・ガーデン
神父、幼い頃の双子を救い、教会の経営する孤児院で引き取った。ほぼ育ての親。
(教会 十字架の前に跪き、ダリルが祈りの言葉を捧げている。)
ダリル:
「天に召します我らが父よ。」
「我が身、我が心、その魂に至るまで。貴方に捧ぐことを誓います。」
「教えを守り、己を律し、迷える者を貴方の元へ導ける様に。」
ダリルM:
祈りの言葉を我が主に捧げる。幾度も繰り返してきた、清廉の誓い。
しかし、胸の前で両手を合わせ祈るたび、どこからか……罅入る音が聞こえてくるのだ。
ダリル:
ですのでどうか。その慈愛の眼で、私の罪を……
……過つ前に、お裁き下さい。
ダリルM:
「聖邪の交唇」
(孤児院 テアとバンの部屋 テアが机に向かって本を読んでいる。)
(ノック音)
テア:
はい、どうぞ。
(ドアが開き、ダリルが入ってくる)
ダリル:
おはよう、テア。体の具合はどうだい?
テア:
ガーデン神父様、おはようございます。
おかげさまで、今朝はもう二冊も本を読んでしまいました。
ダリル:
ほーう?それは何よりだが……
「本を読むのに集中しすぎて食事を摂っていない」なんてことはないだろうな?
テア:
…………勿論ですよ。
ダリル:
朝食のメニューは?
テア:
……す、スクランブルエッグとベーコンを二枚
ダリル:
(食い気味に)ここへ来る途中にシスターからサンドイッチを渡されてなぁ。
「声を掛けても空返事ばかりで、私ではテアを机から動かせませんでした。」……と。
テア:
あー……
ダリル:
テア?
テア:
……
ダリル:
(ため息)
……汝、隣人に偽証すること(なかれ。)
テア:
(被せて)認めます神父様!私は朝食を食べたと嘘を吐いてしまいました!二度としませんのでどうか説教はご勘弁を!
ダリル:
まったく……シスターにも、きちんと謝っておきなさい。
(ダリル バスケットに入ったサンドイッチを渡す)
テア:
はい……あ、サンドウィッチ、ありがとうございます。
(テア バスケットを机の上に置く。)
(ダリル その様子を訝しげな表情で見ている)
ダリル:
……
テア:
……あの、神父様……?
ダリル:
今、ここで食べ切るまで本は読ませないぞ?
テア:
えぇっ!?そんな……言うことを聞かない子供じゃないんですから……!
ダリル:
何か違うとでも?
テア:
ぐっ……!し、しかしっ……もう僕は子供などでは……!
ダリル:
私からすれば、お前たちはいつまでも手のかかる子供だよ。
ほら、空になったバスケットを見せないと、私もシスターに叱られてしまうんだからな。
テア:
はぁ……わかりました……主よ、日々の恵みに感謝します。
ダリル:
ん、そういえば……バンの姿が見えないが
テア:
あぁ、バンなら……
(バンが部屋に勢いよく入ってくる)
バン:
兄さん!ただいまー!言われた本見つけてきたぜー!
ダリル:
噂をすれば……
テア:
おかえり、バン。お使いありがとう。
バン:
って、あれ?ダリルじゃん、今日も来たのかよー。
ダリル:
おはよう、バン。お前は今日も元気そうだな。
テア:
バン、「神父様」だろ。
ダリル:
いや、ここは教会の中ではないのだから、好きな呼び方で構わないさ。
バン:
だってさ。
テア:
まったく……いつもそうやって甘やかす……バンはオンオフの切り替えなんてできないんですからね!
ダリル:
テアも、いつもみたいに名前で呼んでいいんだぞ?
バン:
だってさ!
テア:
えっ!?い、いや……でも……切り替えが……
バン:
いいじゃんいいじゃん!兄さんだって本当はダリルのこと名前で呼びたいだろ!
テア:
だっ、誰がそんな……!
ダリル:
ハハハッ、まぁ無理にとは言わないさ。二人とも好きな呼び方で呼べばいい。
テア:
あ……はい……
バン:
あー、兄さんまた朝飯食うの忘れてたのかよー。
テア:
うっ……い、今食べてるじゃないか……
バン:
どーせダリルに言われてやっと手付けたんだろ?兄さんは体が弱いんだから朝飯は決まった時間にしっかり食べないと……
テア:
わ、わかってるよ……!
ダリル:
こういう時は、どっちが兄だか分からなくなるなぁ?
テア:
ダリルさんまで……!
ダリル:
お、名前で呼んだな?
テア:
っ……し、知りません!
バン:
兄さん顔真っ赤〜
ダリル:
ハハハッ!可愛い奴め〜!
テア:
う、うるさいなっ!はい!ごちそうさまでした!
バン!買ってきた本読むから渡して!
バン:
あぁ、そうだったっと……はい、これでいいんだよな?
テア:
うん、ありがとう……ってあれ?バン、袖に付いてるそれ……。
バン:
ん?あぁ〜、血ぃ付いちゃってたか。
ダリル:
大丈夫か?どこか怪我したのか?
バン:
平気平気っ!俺の血じゃないし。
ダリル:
まさかバン……!お前また……!
バン:
違うって!向こうからちょっかいかけてきたんだよー。
ダリル:
何が違うんだ何が!それで相手を返り討ちにしてきたんだろ!全くどうしてお前はいつもそう……!
テア:
まぁまぁダリルさん……。バン、どうして手を出したの?
バン:
あいつらが、兄さんのこと「病弱でいつも本ばっか読んでる虫野郎だ」って言うから……
テア:
そんなの気にしなくていいんだよ。言いたい奴には言わせておけばいい。
バン:
あと、ダリルのこと「神でマス掻いてる変態野郎だ」って……
テア:
ちゃんとトドメは刺してきたかい?
ダリル:
こらこらこらこら!
バン:
それがさ!兄さんが教えてくれた通り、下顎に軽く打ち込んでやっただけで面白いくらい簡単に倒れてったんだ!
ダリル:
テア!?
テア:
バンは飲み込みが早いね。次は証拠の残らない遺体処理の仕方を教えてあげるよ。
ダリル:
テアくん!?
テア:
まぁ、冗談は置いといて……
(テア バンの頭を撫でる)
テア:
バンに怪我がなくて良かった。
バン:
……えへへ。
(ダリル 二人の様子を眺めて微笑む)
ダリルM:
テアとバンは、八年前に私が保護した双子だ。
ある事件に巻き込まれた二人を私が見つけ、身寄りも行くあてもないならと教会の経営する孤児院で引き取った。
事件も解決はしたが、二人の精神がいつ壊れてしまってもおかしくは無かった。
今、こうして二人が、お互いを慈しみ笑い合うこの光景は。
きっと、神の御加護のおかげなのだろう。
ダリル:
本当に……二人とも……いい子に育ったな……
バン:
うわ、兄さん見てよダリルの顔。また一人で感極まってるよ。いい大人がみっともなーい。
テア:
こらバン、失礼だろ。それに、前に本で読んだけど、人間は歳を取ると大脳の中枢機能が低下するんだ。
背外側前頭前野という感情の抑制を担っている部位が、老化によって機能低下することが原因なんだよ。
バン:
さすが兄さん!じゃあ涙もろいのはダリルのせいじゃ無いんだ!
テア:
うん、加齢による順当な現象だよ。
ダリル:
っ……いい……子に……?
バン:
兄さんは難しい本もすぐ読んで理解しちゃうんだもんな〜!本当に凄いよ!
テア:
バンだって、僕が説明したらすぐ理解して覚えるじゃないか。
バン:
それは兄さんが教えるのが上手いからだよ!今日買ってきた本だって、どっちも俺じゃ読めないし。
テア:
「人体解剖学における生と死の境界」と「悪魔信仰と黒魔術 現存する悪意」かい?
どちらも図解が丁寧だし、筆者の私的なコメントが面白くて読みやすいよ。
ダリル:
いい子……なのか……?
ダリルM:
神よ……私は育て方を間違えてしまったのでしょうか……
ー別の日ー
(孤児院 テアとバンの部屋 テアが本棚の上棚に本を置こうとしている)
(ノック音)
テア:
はーい、どうぞー。
(ドアが開き、ダリルが入ってくる)
ダリル:
おはよう、テア……っと、大丈夫か?
(テア 首だけダリルの方を向いて)
テア:
ダリルさん、おはようございます。
ちょっと上の本棚を整理してまして……
ダリル:
届かないだろう、手伝うぞ。
テア:
だ、大丈夫です……これくらい……本を土台にすれば……
(テア 足元の本が崩れ、後ろに倒れこむ)
テア:
って……うわぁ!!
ダリル:
テアッ!!
(ダリル 咄嗟に駆け寄り、倒れ込みそうなテアを抱き止める)
ダリル:
っ……まったく、だから言っただろ……
テア:
あっ……ぁ……っ!!
ダリル:
テア……?
ダリルM:
間一髪で抱き止めたが、テアの様子がおかしい。
ダリル:
っ……す、すまない!
テア:
……っ……ぁ……っ……(浅い呼吸で落ち着かない)
ダリルM:
理由を逡巡し、すぐに思い当たった私は「抱き止めて」いた体を離した。
私は何と愚かなのか、彼らが普段笑って過ごせていようとも、心の傷がそう簡単に癒えることは無いというのに。
(バンが部屋に入ってくる)
バン:
兄さんただいまー、なんか音がしてたけど大丈夫……
(バンの視界に様子がおかしいテアと青ざめたダリルが映る)
ダリル:
バン……テアが……
バン:
兄さん!大丈夫!?何があったの!?
テア:
あ……バン……っ……
ダリル:
その、テアが本を整理していたんだが、体制を崩して倒れそうになったのを私が……
バン:
……そっか……ダリル、兄さんを守ってくれてありがとう。
でも……今日はもう、帰って欲しい。
ダリル:
っ……バン……私は……
バン:
大丈夫、兄さんもビックリしただけだと思うから。
明日になったら平気だから、今は……ダリルがそばに居ない方が……兄さんも落ち着けると思う……。
ダリル:
っ……わかった、本当に……済まなかった……。
バン:
ダリルのせいじゃない……ありがとう……ごめんな、また明日。
ダリル:
あぁ……
(ドアが閉まり、ダリルは孤児院を後にする)
(ダリル 教会の自室)
ダリル:
テア……大丈夫だろうか……
ダリルM:
先程の二人の様子を思い出しては、胸が痛む。
「男児監禁暴行事件」……八年前、テアとバンを襲った悪魔の所業。
加害者は男児を監禁し、性的暴行を繰り返していたという。
ある日、加害者の家が火事になり、二人はその隙をついて助けを求め飛び出した。
教会裏の通りで倒れていた二人を私が保護し、焼け跡からは男の焼死体が見つかったため、事件は幕を閉じた。
あれから八年、最初は怯えていた二人も徐々に笑顔を取り戻し、その姿に安堵していたが……。
ダリル:
っ……神よ……!
ー同刻ー
(テアとバン 孤児院の自室)
テア:
バン……僕……ダリルさんに……
バン:
大丈夫だよ、兄さん。ダリルには、明日来てもらうように言ったから……
テア:
っ……うん……ありがとう……
ー次の日ー
(孤児院 テアとバンの部屋前)
ダリルM:
昨夜は心配であまり眠れなかった……。
テアはもう落ち着けただろうか……バンが明日来てくれとは言っていたが……。
(テアとバンの部屋前 扉が開いている)
ダリルM:
ん……?扉が開いたまま……
(ノック音)
ダリル:
テア、バン、居るか?昨日は本当に済まなかった……
(ダリル 部屋の中を覗くと、テアがベットで苦しそうに魘されている)
テア:
ハァ……ハァ……ッ……
ダリル:
テア!大丈夫か!?
テア:
ハァ……ハァ……苦し…い……バン……どこ……?
ダリル:
なんて熱だ……!
シスター!医者を呼んでくれ!!テアが!!
(街中 ダリル バンを探している)
ダリル:
くっ……バンは一体どこに……
ダリルM:
あの後、医者にテアの様子を診てもらい呼吸は収まった。しかし熱が下がらず、テアはうなされながらバンを呼び続けていた。
シスターと医者にテアを任せ、バンを探しに街へ出てきたが目ぼしい場所にバンの姿は無かった……。
ダリル:
あとは……本屋か……
(町外れの本屋の前 ダリル)
ダリル:
こんな町外れにも本屋があったのか……
ダリルM:
人気の無い通りに建っている小さな本屋。望みは薄いが、ここにいなければ一旦戻るしか無いだろう。
バン:
…………ッ…………ぁ…………フ…………
ダリルM:
本屋に歩みを進めようとしたその時、私の耳が微かな音を拾った。
(ダリル 心臓の音が大きくなり耳鳴りが聞こえ始める)
ダリルM:
店の裏からだろうか………確かに人の気配を感じた私は、何故か。
音のする方へ。
向かった。
(本屋の裏 バンが複数人の男と絡み合っている)
バン:
ん……ふぁ……ハァ……良い……もっと……
もっと……ハァ……くれよ……
ンンっ……あぁ……!
ダリルM:
これは、何だ。
私は、夢でも見ているのだろうか。
店の裏側、角から覗いた先に居たのは、私が探していた人物だった。
複数の男が輪になった中心で、片足を持ち上げられ、男を受け入れながら、別の男の首に両腕を絡ませて口付けをし。
口の端からは鈍く光る糸のように唾液が垂れ、その表情は恍惚と溶けて宙を仰ぎ見ていた。
バン:
まだ……ンッ……まだ……足りない……
もっと……注いでくれよ……
ダリルM:
私は一体、どれだけの時間それを見ていたのだろう。
十秒にも満たないような、何時間も見ていたような、得体のしれない熱に浮かされて、私は私として機能しなくなっていた。
すると、繋がっていた男が汚い呻き声をあげ、自身を引き抜いて離れる。
すかさず別の男が入り込もうと、体制を立て直させた瞬間。
バン:
(微笑む)
ダリルM:
バンと、目が合った。
ダリル:
っ!!
(ダリル その場を離れ駆け出す)
ダリルM:
これは夢だ。
性質の悪い夢だ。
こんなに体が重く、走りにくいのも、夢の中だからだ。
汚い熱を帯びたこの体は、布を押し上げて猛る畝りは、夢の所為なのだ。
これはっ……はぁっ……はぁっ……夢……だ……
(ダリル 道の真ん中で気を失い倒れ込む)
(ダリル 荒い呼吸が続く)
バン:
まだ……ンッ……まだ……足りない……
もっと……注いでくれよ……
なぁ……あんたも……そんなとこで見てないで……
こっちに来いよ……俺のここは具合が良いって評判だぜ……
ンッ……指だけじゃなくて……なぁ……?
ダリル……
ダリル:
(飛び起きる)
(ダリル 教会の自室)
(鳥の鳴き声と朝日が部屋を満たしている)
ダリル:
ハァ……ハァ……ハァ……
ここは…………私の……部屋……?
ふは……は……ははは……
ダリルM:
……やはり、夢じゃないか。
(孤児院 テアとバンの部屋)
(ノック音)
テア:
はい、どうぞ。
(ドアが開きダリルが部屋に一歩だけ踏み入る)
ダリル:
……お、おはよう。
テア:
あ……ダリルさん……お、おはようございます。
ダリル:
あ、あぁ……その……
テア:
あの!昨日は本当にすみませんでした!
ダリル:
っ!き、昨日……?
テア:
はい……僕を手伝おうとしてくれたのに、無理に自分でやろうとして……あんなことに……
あっ、ダリルさんは怪我をしていませんか!?落ちてきた本が当たったりとか!!
ダリル:
昨日……あぁ……そうだな……昨日の事……なんだよな……
テア:
……?
あの……ダリルさん……?
バン:
入り口で突っ立ってんなよー、ダリルー。
ダリル:
ぬわぁぁぁぁっ!?
バン:
…………プップーーーッ!デケェ図体してビビりすぎだろ!
テア:
こら!バン!いきなり驚かして何笑ってるんだ!!
バン:
だって兄さん、ダリルがデカイ体で入り口塞いでるから……
テア:
だってじゃない!大体バンはいつもいつも……
ダリルM:
正直、あんな夢を見ておいて此処に来れてしまったことに自分でも驚いている。
だが……万が一、テアの体調不良が夢ではなく本当だったら……と。
気になってしまい確かめずにはいられなかったが……それも杞憂だったようだ。
バン:
ちぇー、兄さんは何かとダリルの肩ばっか持つよな。
テア:
そ、そんなことないだろ!
ダリル:
あー、二人とも……私なら大丈夫。それにテア、私こそ君に謝らなければ……。
テア:
そんな……!僕の方こそ、助けてもらったのにあんな態度を……!
バン:
はいはい、譲り合いの精神は大変素敵ですけどー。
このままじゃ平行線だから、ここは一つ、握手で終わりにしようぜ。
ダリル:
握手……?いや、それではテアが……
バン:
自分の意思で触りに行くなら平気だって、抱き合うわけでも無いんだし。
テア:
抱き……っ!?
バン:
大丈夫だろ?兄さん。
テア:
……うん……!ダ、ダリルさん……!
(テア おずおずと手を差し出す)
ダリル:
あ、あぁ……。
(テアとダリル 握手、そこにバンが手を重ねる。)
バン:
はい!これで仲直り……ってか、別にケンカしてたわけでも無いけどな。
ダリル:
バン……ありがとう。
バン:
兄さんが昨日からずっとショゲてたからさ〜。
テア:
しょ、しょげてない!
ダリル:
フフ……そういえばテアもその後は平気だったか?熱とかも出てないよな?
テア:
えぇ、何にもなかったですよ。ご心配ありがとうございます。
バン:
脚立も借りて、整理整頓も終わったしな。
ダリル:
そうか、あまり無理はしないようにな。
バン:
そーそー、俺の方が兄さんより背は高いんだし、こういう時は俺を頼ってよ。
テア:
な……!んん……っく!……そう……します……!
ダリル:
お、ちゃんと反省できて偉いじゃないか。頭、撫でてやろうか?
テア:
撫でっ……!?
バン:
いいね、接触に慣れるためにも……やってもらう?
テア:
け、結構です!!!
バン:
兄さん顔真っ赤〜。
ダリル:
ハハハッ!可愛い奴め〜!
テア:
う、うるさいなっ!
(ダリル 教会の自室)
ダリルM:
やはりあれは、夢だったのだろう。
テアは熱を出してなどいなかったし、バンだってあんな……
あんな……
思い出しかけて、頭を左右に振る。あの艶かしい姿は悪い夢だったのだ、悪魔が人を誑かすために魅せる……。
(ダリル 床に膝を付き祈りを捧げる)
ダリル:
「天に召します我らが父よ。」
「我が身、我が心、その魂に至るまで。貴方に捧ぐことを誓います。」
「教えを守り、己を律し、迷える者を貴方の元へ導ける様に。」
(ダリル 床に就く)
ダリルM:
あの夢のことはもう忘れよう……そうすれば……また……いつも通りに……
(孤児院 テアとバンの部屋 二人がベットの上で絡み合っている)
(ダリル 心臓の音と荒い呼吸)
テア:
ん……むっ……あ……
バン:
ハァ……兄さん……なんて綺麗なんだ……んむっ……
テア:
ぷはっ……あぁ……バン……すごく……んんっ……気持ちいいよ……
もっと……もっと頂戴……?
バン:
あぁ……まだ……たっぷりあるから……全部……兄さんの物だ……
テア:
アァッ……ンッ……ハァ……ハァ……
バン:
ハァ……ハァ……ん……?
テア:
あぁ、どうぞ……
バン:
なんだよ、また来たのか?
テア:
嬉しいです、もう……こんなにして……
バン:
これは特別なんだからな、あんただけだ。
テア:
さぁ……遠慮しないで……入ってきてください……
バン:
好きなようにしていいぜ……ほら……
テア:
ダリルさん……
ダリル:
(汗だくで目を覚ます)
(ダリル 教会の自室)
(鳥の鳴き声と朝日が部屋を満たしている)
ダリル:
(非常に荒い呼吸)
わ……私は……
ダリルM:
汗でぐっしょりと濡れ、熱を持った肌に張り付く冷たい布。
酷く不快に感じる理由は、もう一つ。
まだ冷えていない、別の、液体。
ダリル:
ダメだ……嘘だ……違う……違う……チガウ……!
ダリルM:
ですのでどうか。その慈愛の眼で、私の罪を。
過つ前に、お裁き下さい。
(孤児院 テアとバンの部屋 三人が会話している)
テア:
あの……ダリルさん、大丈夫ですか?酷い隈ですけど……
ダリル:
…………あぁ。
バン:
久々に来たと思ったら、そんな辛気臭い顔してどうしたんだよ。
それもあれか?歯痛い即前人未到(はいたいそくぜんじんみとう)の老化か?
テア:
バン、背外側前頭前野(はいがいそくぜんとうぜんや)だよ。
バン:
そうそれ!さすが兄さん!
テア:
(ため息)
ごめんなさいダリルさん、これでもバンなりに心配しているんです……。
ダリル:
いや……大丈夫……今日は二人に、話しがあるんだ。
バン:
なんだよ?そんな改まって。
テア:
何か……悪い話なんですか……?
ダリル:
いや……とても……良い事だよ……
二人の、里親が決まったんだ。
テア:
……!
バン:
……はぁ?
ダリル:
運よく二人一緒に、と言ってくださった方達でね。姉妹で一緒に暮らしていて、夫もいないそうだ。
これならテアとバンが離れ離れにはならないし、大人の男もいない。
二人にとって、これ以上ない(条件だろう)
バン:
っふざけんなよ!!
テア:
バン……
バン:
俺たちがいつ里親が欲しいなんて言った!!大人の男が居ないからなんだよ!?
今までだってあんたと一緒に過ごしてきただろ!!それを今更……!!
テア:
バン……止すんだ。
バン:
そんな綺麗事ばっか並べて!本心じゃ結局俺たちが邪魔(になったんだろう)
テア:
バン!!!!!
バン:
っ……!
ダリル:
…………
テア:
……ダリルさんがどうして辛そうな顔をしているか、バンなら分かるよね?
バン:
…………っ……兄さん……でも……!
テア:
僕たちはもう子供じゃない、いつも自分達で言っていた事じゃないか。
本当なら、このまま社会に放り出されてもおかしくは無いんだよ。
バン:
それは……わかってるけど……
いつまでも孤児院には居れなくても……その時は……ダリルが俺たちを……って……思ってたのに……
テア:
おいで、バン。
バン:
兄さん……っ
(テア バンを抱きしめながらダリルに微笑む)
テア:
ダリルさん、今まで本当に……本当にお世話になりました。
あの日僕たちを助けてくれて、ここまで育ててくれて、感謝してもしきれません。
ダリル:
……っ……!
テア:
例えどれだけ離れていても、血の繋がりが無くても。
僕とバンは、あなたの「家族」です。
さようなら……
(教会 ダリルの自室 床に就いている)
ダリルM:
……これで良い……これで良いんだ。
里親の選択は間違いじゃない、あんなに綺麗に育ってくれた二人のそばに、私の様な穢れた人間が居て良いハズがない。
テアは頭が良く聞き分けも良い、バンも気が利くし友好的だ。二人一緒ならきっと大丈夫だろう。
繰り返し見る悪夢に、最近は夢を見ない様にと寝ることも止めていたが……ずっと続けるわけにもいかない……。
明日からはもう二人に会うこともないのだ……せめて……眠りに就くことは……許……し……
(教会 ダリルの自室 水音が響いている)
ダリルM:
この音は……なんだ……
何かが……体を這っているのか……?
(ダリル 体の違和感と音に目を開く)
テア:
は……んむ……ふ……
バン:
ん……ングっ……ぷはっ……
ダリル:
っ!?
テア:
あ、目が覚めましたか?
バン:
「コッチ」はとっくに起きてたけどな
テア:
あは、老化したって発言は取り消さないと……
ダリル:
っ……!っ……!?
ダリルM:
声が出ない、まるで金縛りにでもあったかの様に体が動かせない。
かろうじて動く首と目で、状況を確認するも、理解が追いつかない。
テア:
ダリルさんがイケナイんですよ?力が使えない、情報もない癖に意思だけは強固で……
バン:
あと「コレ」も硬いぜ。
テア:
まったく……バンはそればっかり……
バン:
重要なことだろ。
テア:
ふふ……挙句に僕たちが二人で仕掛けたら、折れるどころか里親に出すなんて言うから……
バン:
でもまぁ……こんな田舎町だと、神父っつってもこんなもんなんだな。
テア:
そこがダリルさんの可愛いところでもあるんですけどね。
ダリルM:
混乱しかない脳が聴覚から拾ってきた言葉を、情報として処理しようとする一方で。
今までの夢と比にならない程の皮膚感覚に、脳の奥がチカチカと明滅する。
バン:
その点あいつは最悪だったよなぁ
テア:
力ばかりあって人間性は最悪。
バン:
どっちが悪魔か分かったもんじゃない。
テア:
まぁ、悪魔は僕たちなんですけど。
バン:
幼い悪魔ばかり狙って暴行して、飽きたら殺す。
テア:
エクソシストの「聖犯罪」は手に負えない……家を燃やして正解でした。
バン:
それでも生き残れるかは賭けだったけどなぁ。
テア:
結果から言えば、あの男のおかげで僕たちは、ダリルさんという愛しい存在に出会えたんですから、感謝しないと。
バン:
へへ、確かに。
ダリル:
っ……ぐぁ……!
ダリルM:
まるで午後の茶会のひと時の様に、私の両脇で楽しそうに会話をする二人の言葉を。
必死に拾って理解しようとしながらも、体のあちこちに不規則に与えられる刺激で気が狂いそうになる。
いや、私の気が狂ってしまったのかもしれない。
二人を遠ざけた安堵感から、抑えていた私の内にある何かが溢れ、壊れてしまったのだ。
尚もゆるゆると動く細く長い指が、私の思考を、脳を、ソレを、絡め取って離さない。
もうふたりの言っていることが、半ぶんいじょうわからない……
テア:
怖がらないで大丈夫ですよ、ダリルさん。
バン:
俺たちはダリルが大好きなんだ、だからどうしても離れたくないだけなんだよ。
テア:
僕はバンと違って、愛する人の体液しか栄養にできませんから。
バン:
今までは俺としかできなかったけど。
テア:
やっとあなたを、摂取できるんですね。
バン:
これからは三人でずーっと、幸せに暮らそうな。
テア:
なんて、今はもう僕たちが何て言ってるか、殆ど分からないですよね。
バン:
また目が醒めたら、いつもみたいに戻るさ。
テア:
だから、今はコレだけ……
(テアとバン ダリルの耳元で囁く)
バン:
今からダリルが犯すことはぜーんぶ。
テア:
悪魔のせいですから、大丈夫。
(ダリル 心臓の音が耳を支配し、視界が暗転する)
ダリル:
ハァ……ハァ……んむっ……
テア:
んん……ぷは……あぁ……すごい……なんて美味しいんだろう……
ダリルM:
二人が耳元で囁いてから、突然思考が鮮明になった。
バン:
兄さん……俺とも……
テア:
良いよ、ほらおいで……バン……
バン:
兄さん……んむっ……んん……
ダリルM:
目の前で混ざり合って糸を引く蜜に、私は喉を鳴らして引き寄せる。
ダリル:
ハァ……ハァ……二人とも……こっちに来い……
バン:
アッ……んむ……ダリル……がっつきすぎ……
テア:
ぷは……まるでケダモノですね……
ダリルM:
他の余計な事にはモヤが掛かった様に、一点にだけ開けた思考で、目の前の欲を貪り尽くす。
ダリル:
フゥ……フゥ……んむ……ング……
バン:
ン……ンン……
テア:
ダリル……
ダリルM:
組み敷かれたテアが、私の手をとり愛おしそうに頬擦りをする。
テア:
あんな奴に誓った貞操、僕たちが奪ってあげますからね。
ダリルM:
そう微笑んでゆっくりと、私の腰に足を絡め。
バン:
ダリルの好きにしていいんだぜ……
ダリルM:
後ろから抱きつくバンの吐息が、私の鼓動をより速くした。
私の頬を、涙の様に汗が伝っていき。
テアの唇に、雫がパタパタと降り注いだ。
息継ぎも忘れて求め合い、次第に遠のく意識の中で。
私の胸は、幸福で満たされていた。
ダリルM:
「聖邪の交唇」
ーFinー
ひびい
まなこ
あやま
から
はいがいそくぜんとうぜんや
ひとけ
たち
うね
たぶら
くま