Moji茶屋
花殻摘み
はながら
つ
(1:1:0)
上演時間40〜50分
登場人物
・レオン・O・グラジオラス
グラジオラス家当主、愛を亡くした男。
・ルーナ・D・ルドベキア
元ルドベキア家の次女、愛を知らない女。
レオンM:
花殻摘み、という言葉を知っているだろうか。
「花殻」とは、咲き終えた後も枝や茎に残っている花のことを指す。
花殻を残したままにしておくと、そこに種子が実り、新しい花が咲かなくなる。
地面に落ちた花殻は、カビや病気の元となり株全体の寿命を縮めてしまう。
花殻を摘みとる事で株全体を綺麗に見せ、寿命を保てるようにする行為。
それが、花殻摘み。
だが、この国ではもう一つ、別の意味を持ってこの言葉を使う時がある。
それはーーー。
(地下競売の会場、ルーナが舞台中央の椅子に座らされている。)
ルーナM:
地下に造られたオペラハウス。
この劇場に歌声が響くことはなく、乾いた木槌の音が木霊している。
オークショニアは高らかに、下卑た謳い文句を奏で、商品の出自や美点を並べたてていた。
レオンM
舞台の中央、華美な台座に座らされた「商品」は、客席を見ることはなく。
シルクの様な銀色の髪を垂らし、隙間を覗く青い瞳は。
自身に当てられたライトの向こうを。
ここではない何処かを、見ているようだった。
(レオは舞台正面の二階席、王侯貴族席から見下ろしている。)
(階下ではオークション参加者の千万単位で値を競り合う声が絶えず飛び交っている)
ルーナM:
競売が始まり、私の命に値段がつき始める。
誰に買われようとどうでもいい。
少しでも高値であれば、あの人たちは喜んでくれるだろう。
気持ちとは裏腹に、競り合う声は次第にただの雑音にしか聞こえなくなった。
レオンM:
彼女を手中にせんと、牽制し合う欲望の声。
私は何か叫び出しそうになるのを堪えながら
階下の連中を圧し潰すように、声を振り下ろした。
レオン:
十億。
(入札の声は止み、皆が振り返りレオを見上げる)
ルーナM:
声が聞こえた。
放っていた意識が体に戻り、この眼は無意識に声のした方向を見ていた。
無遠慮に向けられた人工の光に眼は眩みながら、その少し上の。
光の向こうに佇む闇から、目を離すことができなかった。
レオンM:
「花殻摘み」
レオンM:
ガーデニア大陸。
貴族を君主とする、大小さまざまな公国がひしめき合うこの大陸では戦貴族と呼ばれる、家名に花を冠す貴族達が各地を治めていた。
戦貴族は領土の拡大や国力の増強のため、周辺諸国に戦争を仕掛けては、勝った負けたを繰り返す。
戦争に賭けられる物は基本的に領土となるが、時に両国の取り決めの下、様々なものが賭けられた。
金、人、契約、時には家畜を賭けた戦いもあったそうだ。
そうして色々な物を賭け、戦に敗れ続けるとどうなるか……。
守るべき民を、領土を失くし、明日の食糧にすら貧窮する哀れな末路。
没落貴族の出来上がりだ。
ルーナM:
ある時、没落に瀕した貴族がそれを免れるために競売を開いた。
初めは単に高価な品や、歴史のある調度品を競りにかけていたが、それだけでは到底首が回らなかった。
追い詰められた領主は、あるモノを競売の目玉にする。
「人間」
その貴族は、跡取りにならない末の子供を商品として競りにかけた。
没落寸前とはいえ、貴族の子という高貴な出自故か、競り合う声は止まず。
決着がつく頃には、没落を凌ぐに充分な額となっていた。
この事をきっかけに、貴族の身内売りは大陸全土で行われるようになる。
そしていつしか、人々はこの競売を、皮肉を込めてこう呼ぶようになった。
「花を冠する貴族が、一族を守るために身内を売る」その行為を。
「花の株を守るために、余分な花を摘む」行為に見立て。
【花殻摘み】と。
(レオンの屋敷 大広間にて 椅子に腰掛けるレオンの前に、片膝を付き頭を垂れるルーナ)
ルーナ:
お買い上げ、有難う御座います。旦那様。
レオン:
……畏まらずとも良い、顔を上げてくれ。
ルーナ:
お心遣い感謝します。旦那様。
レオン:
その呼び方もよしてくれ、確かに私はお前を金で買った。
が、それはお前を服従させる為ではない。
ルーナ:
承知しました……では……なんとお呼びすればよろしいでしょうか。
レオン:
レオンだ。レオン・O・グラジオラス。
ルーナ:
レオン様。私は……、……。
レオン:
どうした?
ルーナ:
……いえ。私は、ルーナです。呼び方はご随意に。
これから、よろしくお願いいたします。
レオン:
……そうか。では、ルーナと。
ルーナ:
はい、レオン様。
レオン:
……
ルーナ:
……あの。
レオン:
なんだ。
ルーナ:
私は、何をすれば良いのでしょうか。
レオン:
ん?うむ……
ルーナ:
レオン様?
レオン:
……この屋敷の管理は……
ルーナ:
?
レオン:
代々、我が一族に仕えているクレイ家に一任しているのだが……
先日、クレイの妻が予定よりかなり早く出産をしてな。
母子の面倒を見させるため、暇を出したのだ。
ルーナ:
それは……おめでとうございます。
(レオンが目を細めてふっと笑う)
レオン:
あぁ……めでたいことだ。
ルーナ:
……
レオン:
だから、少し人手が足りなくなってしまってな。
ルーナ:
では……私は、使用人ということでしょうか……?
レオン:
まぁ、その様なものだ。今は戦の予定もないからな。
……不服か?
ルーナ:
いえ、そのようなことは……ないのですが……
レオン:
信用ならない、か?
ルーナ:
滅相もございません。元より私はレオン様に買われた身。
ただ……不思議で……
レオン:
……言葉を選ぶ必要はない。
ルーナ:
……その、使用人を雇うだけであれば……【花殻摘み】など……
まして、あの様な大金を出さずとも……
レオン:
我が国は、領土が広く敵が多い。いつどこから間者が入るやも分からない。
傍に仕えさせるなら、信頼の出来る者か、そういった可能性が限りなく低い所から、という訳だ。
ルーナ:
それでも、やりようなら他にいくらでも……
いえ、出過ぎた真似でした。ご説明いただき感謝します、レオン様。
レオン:
あぁ……先刻も伝えたが、そこまで畏まらなくていい。「様」も不要だ。
ルーナ:
流石にそこまでは……。
レオン:
……。
ルーナ:
では……せめて、レオン殿と……。
レオン:
まぁ、いいだろう。
明日、引き継ぎにクレイを呼ぶ。今日はもう休め。
部屋は余っている客間を使うといい。
ルーナ:
はい、ありがとうございます。
レオン:
(使用人に向かって)おい、案内してやれ。
ルーナ:
(使用人に向かって)よろしくお願いします。
では……失礼いたします。
レオン:
あぁ。
(ルーナ、使用人に案内され部屋を後にする。)
レオン:
……ソフィア……
翌朝(ルーナ 自室)
ルーナM:
見知らぬ天井、知らない香り、肌を包む衣服や寝具。何もかも慣れない朝。
窓からは手入れの行き届いた大きな庭園が見渡せ、くすぐる様な柔らかい春風が吹き込んでくる。
こんなに綺麗な庭園……人手が足りない様には見えないな。
あの競売で、私を摘んだ男。レオン・O・グラジオラス。
ガーデニア大陸で、最大級の領土と軍事力を持つと言われるグラジオラス領。
先代までは中堅国だった領土を、たった十数年でここまで押し広げた当代領主であり。
勇猛と叡智の両刃で周辺国を次々と斬り伏せ、「無敗の剣」と呼ばれる男。
大陸の端に居ようとも、その名が轟く英傑。
そんな男が……何故…私を…
(屋敷 大広間)
ルーナ:
おはようございます。
レオン:
あぁ、おはよう。朝食は済ませたな?
ルーナ:
はい、お恵みいただき感謝します。
レオン:
うむ……礼を尽くせることは良い。だが、堅苦しさは不要だ。
感謝の気持ちは、これからの勤めで返して貰おう。
ルーナ:
承知……しました。……そちらの方が?
レオン:
あぁ、この屋敷の管理を任せているクレイだ。
クレイ、先ほど話したルーナだ。こいつに屋敷の案内と、お前の業務の引き継ぎをしてやってくれ。
ルーナ:
ルーナと申します、よろしくお願い致します。
夜(ルーナ 自室)
ルーナ:
(ベッドに倒れ伏す)っふぅ……
ルーナM:
ーーー疲れた。想像通り……いや、それ以上に覚えることが多かった。
広大な屋敷の全てを自分で見るわけではないが、使用人たちの各役割を把握して管理するのも骨が折れる。
ルーナ:
英傑に仕える者もまた英傑か……クレイ殿は軍師になった方が良いのでは……?
ルーナM:
今日1日で叩き込まれた業務内容を反芻しながら、前任者の偉大さを冗談まじりに讃えた。
ルーナ:
仕える……か。
ルーナM:
クレイ殿も他の使用人達も、随分レオン殿のことを慕っている様だった。
未だ私を買った目的は半信半疑だが、少なくとも領民達にとって悪人と言うわけではなさそうだ。
レオン:
フンッ……!フンッ……!フンッ……!
ルーナ:
ん……?この声……
ルーナM:
外から聞こえてくる、勇ましい声と空気を断つ音。窓から覗く月下の庭園に、独りの影。
レオン:
セイッ!ハァッ!
ルーナ:
やはりレオン殿か……
ルーナM:
月明かりに縁取られたシルエット。側に置かれたランタンに照らされ、時折見える鋭い眼光。
闇夜に舞う剣が月光を反射し弧を描く。神に捧げる舞踊の様な、力強く美しい太刀筋。
成程これは、見惚れてしまう。
レオン:
ッ……ハァ……ハァ……
……む……ルーナか?
ルーナ:
!
申し訳ありません、声が聞こえたもので。
レオン:
構わん、五月蝿くして済まんな。
ルーナ:
とんでもない、私こそお邪魔を……
レオン:
一本どうだ?
ルーナ:
……はい?
レオン:
今日は頭を使ってばかりだったろう。体を動かすと、冴えるものもある。
ルーナ:
……良いのですか?
レオン:
腕に覚えがないのであれば、断っても……
ルーナ:
やります。
レオン:
……ふ、では降りてこい。
(庭園にて)
レオン:
剣は刃を潰してある、遠慮は……言うまでもないか。
ルーナ:
えぇ、こんな機会は滅多にないので。
レオン:
……良い眼だ。
ルーナ:
……
レオン:
……
ルーナ:
ハァァッ!!(首元へ横なぎの一刀)
レオン:
んむっ……セイッ!!(柄で受け止め、上に弾く)
ルーナ:
ッ……!ダァッ……!!(軸足の反対を半歩後退、弾かれた遠心力を活かし剣をぐるりと回しながら斬り上げ)
レオン:
フンッ!ハハハッ!!(振り下ろした剣で止め、ルーナの剣を踏みつけ動かなくする)
ルーナ:
この……!!(剣を引き抜こうとする)
レオン:
ハァッ!!(力を抜いた隙に剣で掬い上げるように弾き飛ばす)
ルーナ:
ぐっ……!!(剣が手元から抜けて飛ぶ)
レオン:
一本、だな。
ルーナ:
ッハァ……流石ですね……
レオン:
お前もな、判断が早く太刀筋に迷いがない。
ルーナ:
(呼吸を整え)……お褒めに預かり光栄です。
レオン:
良い運動になった、おかげで今日はよく眠れそうだ。
ルーナ:
こちらこそ、素晴らしい機会をありがとうございました。
レオン:
ふ……剣は拾っておいてくれ、お前に預けておく。
ルーナ:
!
レオン殿は、いつもこの時間に?
レオン:
ふはっ、待ちきれないと言った様子だな。
ルーナ:
っ……失礼しました。こうして体を動かすのは久方ぶりでしたのでつい……
レオン:
毎日とはいかないが、鍛錬するときは今日のように執務を終えてからが殆どだ。
さぁ、体が冷える前に戻るぞ。
ルーナ:
承知しました、おやすみなさいませ。
レオン:
あぁ、おやすみ。
(ルーナ 自室)
ルーナ:
あれが……無敗の剣……
ルーナM:
レオン殿に預けられた剣を立てかけながら、先程の打ち合いの熱を冷ます。
間違いなく大陸指折りの実力者、その剣と斬り結べたことに、武人としての喜びが鎌首をもたげてしまう。
ルーナ:
いかんな……ちゃんと明日からの仕事に身を入れなければ……
そうせねば……
ルーナM:
あの家に、迷惑を掛けてしまう……
三週間後 夜(レオン 庭園にて)
レオン:
フンッ……!フンッ……!フンッ……!
レオンM:
【花殻摘み】であの女を買い取ってから三週間。
クレイの後任として屋敷に迎え入れ、業務にも馴染んできたようだ。
そして決まって、こうして鍛錬をしていると……
ルーナ:
こんばんは、レオン殿。
レオン:
あぁ……今日もやるか?
レオンM:
こうして打ち合いをするようになった。
ルーナの太刀筋は実直で迷いがない。こうして剣を交えている時間が、私は嫌いではなかった。
ルーナ:
っはぁ……はぁ……今日も……届きませんか……
レオン:
ふむ……今のは……惜しいところだったな……
レオンM:
仰向けに倒れ込んだルーナの、広がる銀の長髪が月光で輝いている。
ルーナ:
もう一本……と言いたいところですが、ランタンが消えそうですね。
レオン:
あぁ、今日はここまでだな。
ルーナ:
はい、おやすみなさいませ……っ
レオン:
どうした?
ルーナ:
あ、いえ。最近寝ている間に蚊に刺されることが多く……少し痒みが……
レオン:
成程、それなら良いものがある。片付けたら私の部屋に来るといい。
ルーナ:
……?
承知しました、後ほど伺わせていただきます。
(レオン 自室)
(ノック)
ルーナ:
レオン殿、お待たせしました。
レオン:
来たか。入っていいぞ。
ルーナ:
失礼します。
レオン:
あぁ、そこに座ってくれ。
ルーナ:
はい。
(レオン 小瓶を二つ机に置く。)
レオン:
刺された箇所にこれを塗るといい。
ルーナ:
ありがとうございます。その、これは……?
レオン:
ローズマリーのオイルだ、塗ると痒みがおさまる。
こっちはゼラニウム、虫除けになるからランタンのオイルに混ぜるといい。
ルーナ:
この匂い……レオン殿のランタンと同じ……?
レオン:
あぁ、露出が多い鍛錬中は奴らの餌食にされやすいからな。
ルーナ:
なるほど……ありがたく頂戴致します。
レオン:
あぁ。
ルーナ:
では、失礼致します。
レオン:
まぁ待て。物のついでに、一杯付き合ってくれないか?
ルーナ:
いえ、そのようなことは……
レオン:
では命令だ。一杯付き合え。
ルーナ:
っ……ふふ。では、ありがたく。
この葡萄酒の香り……これは一体……
レオン:
ハーブだ。温めた葡萄酒にハーブを入れて仕込んでいる。
ルーナ:
それでこんなに良い香りが……レオン殿はハーブにお詳しいのですね。
レオン:
うむ……
ルーナ:
レオン殿?
レオン:
いや、昔……教えてもらったのだ……
ルーナ:
そうでしたか、しかしこれほど飲みやすい葡萄酒は初めてですよ。
レオン:
ふ……寝酒にちょうどいいが、あまり飲み過ぎないようにな。
ルーナ:
(グラスを飲み干しつつ)ふぅ……レオン殿はよく飲まれるのですか?
レオン:
いや、普段飲むことは少ない。夏が近くなると……寝付きが悪くなるのでな。
ルーナ:
あぁ、私も暑い夜はなかなかに寝付きが悪いですよ。
レオン:
私は……いや、なんでもない。
ルーナ:
?
レオン:
それよりも、顔が赤いぞ。あまり酒は強くないのか?
ルーナ:
む……私は弱くなどありません……!レオン殿こそ、耳まで赤くなっておられます!
レオン:
んぅ……そうか、少し飲み過ぎたかもしれんな。この辺りで終いとしよう。
ルーナ:
では……この勝負は私の勝ちですな!
レオン:
ふ……好きにするといい。
……そういえば、近々戦があるかもしれん。
ルーナ:
!!
っそれは本当ですか!!
レオン:
隣国のロベリア領で不穏な動きが見られると報告が上がっていてな。まだ確かではないが、もし戦になったら……
ルーナ:
お任せください!私はいつでも戦えます!
レオン:
……いや、戦の間はここを留守にする。お前には引き続き、屋敷の管理を任せる。
ルーナ:
え……?
……私では……お役に立てないということでしょうか……
レオン:
そうではない、屋敷の管理は大業だ。それがそもそもお前の業務で……
ルーナ:
私は!戦貴族だ!!
レオン:
……ルーナ。
ルーナ:
ルーナ・D・ルドベキア!ルドベキア家の次女として幾度も戦ってきた!
戦貴族の勤めは!戦に勝利し、領民と領土を守ることだ!
レオン:
元、だろう?
ルーナ:
っ!!
レオン:
忘れたわけではあるまい、ルーナ。お前はあの日【花殻摘み】に出され、そして私に買われた!
お前はもう、ルドベキア家の一員でもなければ、戦に出る必要もない。
ルーナ:
っ……それでも私はっ!
レオン:
お前がここで何を成そうと、あの家にはもう関係のないことだ!
ルーナ:
……!!
レオン:
それにまた、私のせいで失うことなどっ……
(レオン ルーナに近寄り手を首の後ろに廻し抱き寄せる)
ルーナ:
っ……!?何を……離っ……
レオン:
っ……
(レオン 離すことなくルーナに口付け、舌を割り入れる)
ルーナ:
んむっ……!?ふ……っ……ん……
レオン:
む………ふ………っは……
ルーナ:
はぁっ……はっ……離せ!
レオン:
ぐっ……
ルーナ:
何を……こんな……っ失礼する!
レオン:
……「何を」か……ふ……はは……私は一体……何を……
(ルーナ 物置部屋)
ルーナ:
っはぁ……はぁ……はぁ……
ルーナM:
何が起きたのだろう、一体今、私は何を言った?何をされた?
久しぶりの酒に酔いが回り過ぎたか、自室まで走れずにこの物置に駆け込んでしまった。
レオン殿を怒らせた?いや、怒っていたのは私の方だ。彼は……私に……
それもあんな切なげな顔で……一体なんだというのだ!
思考がまとまらない……「また失う」……?
ルーナ:
っふぅ……とにかく……自室に戻らねば……うぁっ!
ルーナM:
起きあがろうとした拍子によろめき、咄嗟に掴んだ白い布を落としてしまった。
ルーナ:
っ……これは……絵画……?
ルーナM:
そこに描かれていたものは、優しい顔で笑うレオン殿と。
ルーナ:
この女性は……誰だ……?
ルーナM:
銀色の長髪が美しい、青い瞳の女性だった。
翌朝(レオン 自室)
レオン:
っ……やはり……少し飲み過ぎたな……
レオンM:
昨夜のことを思い出し、頭を抱える。
酒が入っていたとはいえ、ルーナを傷付ける言い方をしてしまった。
いや、それよりも……なぜあの時……私は……
(ノック)
ルーナ:
レオン殿、今……よろしいですか。
レオン:
っ!!
……あぁ、入って、いい。
ルーナ:
失礼します。
レオン:
……
ルーナ:
……
レオン:
ルーナ、昨夜は……
ルーナ:
私は、今までルドベキア家の次女としてレオン殿と向き合ってました。
レオン:
……
ルーナ:
貴方に買われたあの日、家名を捨てて名乗ったはずなのに。
昨日、レオン殿に言われてハッとしました。
「私がここで何を成そうと、もうルドベキア家には関係ない」と……
レオン:
済まないルーナ、私は……
ルーナ:
感謝します。
レオン:
……む?
ルーナ:
あの言葉で、私の心の枷が取れたのです。
レオン:
心の枷?
ルーナ:
私がここで何かをすれば、あの家に迷惑を掛けてしまうのでは……と。
レオン:
そう……か……
ルーナ:
えぇ、なので……
レオン:
?
ルーナ:
レオン!お前は執務と鍛錬ばかりで生活能力が乏しすぎる!いくらお前が領主で身の回りのことを使用人に任せているとしても限度がある!なぜお前の部屋は毎日清掃が入るのに次の日には元通り散らかっているんだ!というよりあれほど使用人がいるのになぜお前の部屋の清掃は私だけなのだ!?鍛錬をした後に体を拭いた布を床に放るんじゃない!洗濯物をまとめて入れるカゴがなんのためにあると思ってる!それと湯浴みをした後は体をキチンと拭け!裸で部屋まで戻るのも禁止だ!クレイ殿も言っていたぞ!「旦那様は政務者としても騎士としてもそれはそれは立派なお方だが、他がダメすぎる」と!!
レオン:
……う……む?お前、ルーナか……?
ルーナ:
私はもうルドベキア家の一員じゃない。私がどう振る舞おうと、ルドベキア家に迷惑は掛からない。そうだろう?
レオン:
……ふ、フハハハハッ!そうか、それが本当のお前か、ルーナ。
ルーナ:
どちらも私だ。……ルナでいい。これからもよろしく頼むよ、レオン。
レオン:
あぁ、ルナ。私のことは、レオと。
ルーナ:
レオ……ありがとう。
レオン:
……お前は、何処で咲いても、美しいのだな。
ルーナ:
美っ……!?そ、そうだ!もう一つ!!
レオン:
む?まだ小言があるのか?
ルーナ:
昨日のっ……その、あ、アレは不問にしておく……!お前も相当酔っていたみたいだからな!
レオン:
……?
っ!……そ、そうだな。そうしてくれると、助かる……。
ルーナ:
!
よ、よし!じゃあこの話は終わりにしよう!昨日のオイル、忘れていたから今もらっていく!
レオン:
あ、あぁ。持っていけ。
(ルーナ 部屋を出る)
ルーナ:
……「助かる」だと……?
……馬鹿者。
一ヶ月後 夜(レオン、ルーナ 庭園)
レオンM:
あれから一ヶ月、相変わらずルナは私が鍛錬をしていると顔を出してくる。
あの時のことはお互いに口に出さないが、最初の気まずさもなくなってきた。
変わったことと言えば、打ち合いの後に小言を言われるようになったくらいだ。
ルーナ:
……聞いてるのかレオ。
レオン:
む……済まない、何だ?
ルーナ:
はぁ……正にお前のそういう所を注意していたんだが?
レオン:
いやなに。お前が来てからもう二ヶ月も経ったのだなと、つい耽っていた。
ルーナ:
私は「まだ二ヶ月か」と思うぞ。レオの世話をしていると一日で三日分は疲れるからな。
レオン:
ふは……そうだな。たった一月でここまで口が悪くなるとは。
ルーナ:
私も驚いたよありがとう。そろそろ戻るぞ、暑くなってきたとはいえ夜に汗をかいたままでは冷えてしまう。
レオン:
あぁ、ではな。
ルーナ:
体を拭いた布、ちゃんとカゴに入れてあるか明日チェックするからな。
レオン:
仰せの通りに、お母様。
ルーナ:
誰が母だ!
レオン:
っくく……おやすみ。
ルーナ:
……おやすみ。
深夜(レオン 自室)
レオン:
っ……よせ……、……や……めろ……
ソフィア!!!
……っはぁ……はぁ……っ……夢……か……
……そうか……もう……そんな季節か……
翌朝(レオン 庭園)
レオン:
…………
ルーナ:
レオ!おはよう。
レオン:
あぁ……おはよう。
ルーナ:
珍しいな、この時間は執務室に篭りっきりなのに。花まで摘んでどうしたんだ?
レオン:
……あぁ。
ルーナ:
ん?その格好……どこか出掛けるのか?
レオン:
……帰りは夜半になる。今日は鍛錬もなしだ。
ルーナ:
そんなに遅く?護衛はいるのか?
レオン:
……必要ない。
ルーナ:
そうは言っても……
レオン:
必要ないと言ってるだろ!!!
ルーナ:
っ……
レオン:
……大声を出して済まない。午後にはクレイと軍団長が来る、執務はそちらに任せている……
ルーナ:
あ、あぁ……わかった……
レオン:
……(ルーナを見ることなく去っていく)
ルーナ:
……
午前 (ルーナ 執務室)
ルーナM:
レオ……様子がおかしかったが、大丈夫だろうか。
やはり今からでも追いかけ……いや、行き先もわからない……
午後にはクレイ殿達が来ると言っていた、今のうちに掃除を済ませて、クレイ殿に相談してみよう。
(ノック)
ルーナ:
?
ルーナM:
クレイ殿だろうか?思ったより早く着いたようだ。
ルーナ:
はい、只今。
(ドアを開ける)
ルーナ:お早いお付きでしたね、クレ……
夜半 (レオン 屋敷前)
レオン:
……ふぅ……。
レオンM:
今朝は、ルナに悪いことをしてしまった。
あの夢のせいで気が立っていたとはいえ、ルナの気遣いを無碍に……。
ルナはもう寝ているだろうか、謝るのは明日に……。
レオン:
ん?屋敷の明かりが……クレイ達がまだいるのか?
(レオン 執務室)
レオン:
クレイ、何事だ。騒々しいぞ。
…………?…………!!…………っ……!!
レオンM:
クレイの制止する声が遠ざかる、気付けば私は馬に跨り屋敷を飛び出していた。
執務室に戻った私に、青い顔をしたクレイが報せてきたのは、ルナが攫われたという言葉。
クレイ達が到着した時には、屋敷にルナの姿はなく、執務室には一通の手紙。
「花殻は預かった。明日の正午、ロベリア領境のクレマチスの塔に一人で来い。」
手紙の横には、ルナの髪の束が置かれていたと……。
レオン:
クソッ!!クソォっ!!!必ず助ける……どうか……無事でいてくれ……っ!!
正午(ルーナ クレマチスの塔)
ルーナM:
不覚だった……!まさかあんなに堂々と屋敷に侵入してくるなんて……
クレイ殿だと思い込んで反応が遅れた……情けない……!
こいつらの花紋……ロベリア領か、不穏な動きがあるとレオが言っていたのに……
屋敷を荒らされたりしていないだろうか、レオに申し訳が立たない。何と不甲斐ない……!
……せめて……
ルーナ:
……おい……薄汚い雑草ども……こんな手で「無敗の剣」に勝てると思っているのか……?
見た目が悪ければ頭も悪いか、数ばかり増えて始末が悪い。私がまとめて駆除してやろうか?
(逆上した一人がルーナの首を絞める)
ルーナ:
ぐっ……
ルーナM:
交渉の材料になど……されないように……
レオン:……ーナ!…………ルー………ナ……
ルーナM:
声が、聞こえた。
レオン:
ルーナ!!
ルーナ:
ッハァッ!……ゴホッ……ゴホッ……ゴホッ……
レオン:
無事か!ルーナ!!
ルーナ:
レオ……ン……?
レオン:
あぁ、私だ!レオンだ!
ルーナ:
レオン……っ!なぜ助けに来たっ!捨ておけっ!
レオン:
馬鹿者っ!!お前は……っ!
っ……小言は後だ。まずはここを出る、動けるか?
ルーナ:
……っ当たり前だ。
レオン:
ふ……よし、行くぞ!!
レオン:
塔の出口だ!私を追って軍団長達も近くまで来ているはず。塔を出たら丘を越えるまで走るぞ!
ルーナ:
この死体の数……お前一人で倒してきたのか?
レオン:
あぁ、モテる男は困る!
ルーナ:
ふは!違いない!
レオン:
……その……済まなかった……
ルーナ:
……どれのことだ!心当たりが多すぎてわからない!
レオン:
……ふははっ!相変わらず口うるさい奴だ!
ルーナ:
おい!また母などというつもりじゃ……
(レオンの死角、岩陰から剣士が斬りかかろうとしている)
ルーナ:
レオン!危ないっ!!
レオン:
!?
ルーナ:
グァっ!……ン……のぉ!!(咄嗟に庇い切り付けられるも、相手の剣を掬い上げ弾き飛ばす)
レオン:
ハァァッ!!(すかさず一撃で仕留める)
ルーナ:
はっ!……見事な……連携……
レオン:
ルーナ!傷は!!
ルーナ:
浅い、問題ないっ……
レオン:
丘まであと少しだ!私に乗れ!
ルーナ:
……いや……どうやらその必要はなさそうだ……
レオン:
!?
(丘から軍団長が兵を率いてやってくる)
レオン:
軍団長……!間に合ったか……!!
(レオン、ルーナ 帰路 レオンの馬に二人で乗っている)
レオン:
……
ルーナ:
……
レオン:
……傷は痛むか?
ルーナ:
……いや、大したことはない。
レオン:
……本当に済まなかった、巻き込んでしまって。
ルーナ:
……ダメだ。
レオン:
……何?
ルーナ:
私が聞きたい謝罪はそれじゃない。私はお前に買われたんだ、巻き込まれたなどと思わない。
それに、その件について謝るのは私だ。屋敷を任されていたのに、侵入を許すばかりか攫われるなんて……
済まなかった、次こそは返り討ちにしてみせる!
レオン:
!
……クク、ふははっ!
ルーナ:
私は真剣だぞ!
レオン:
ふは……そうだな……
済まなかった。お前の気遣いを心無い態度で返してしまった。
ルーナ:
……もういいさ。何となく察しはついてる。
……そのうち、話してくれるんだろう?
レオン:
……昨日は……ソフィアの……妻の命日だった……
ルーナ:
っ……銀髪の、青い瞳の女性か?
レオン:
っ、なぜそれを……
ルーナ:
お前に……く、口付けられたあの日……
部屋まで走って戻ろうとしたが、久々の酔いにうまく走れなくてな。
途中の物置部屋に逃げ込んだ時に……絵を……見たんだ。
レオン:
そうか……
ルーナ:
すぐにわかったよ、お前が私を買ったこと、戦に出さないこと。
……口付けをした理由も。
レオン:
っ、それは……
ルーナ:
済まないな、あいつらに髪を切られてしまった。
すぐには伸びないだろうがまた……
レオン:
こっちを向け、ルナ。
(レオン ルナを振り向けさせ口付ける)
ルーナ:
ちょ……ん……むっ……
レオン:
ん……む……はっ……
ルーナ:
この……落ちたらどうする……
レオン:
続きは、怪我が治ったらな。
ルーナ:
な……にを……
レオン:
確かにお前はソフィアに似ていた。最初に目に止まったのはその所為もある。
ルーナ:
……
レオン:
だが、それだけではない。
私はお前の魂に、その気高さに。最初から惹かれていた。
ルーナ:
なっ……恥ずかしい奴め……!
レオン:
あぁ、私はモテるからな。
ルーナ:
黙れ唐変木っ!片付けがきちんとできないやつはすぐに捨てられるぞっ!
レオン:
ほら、暴れるんじゃない。帰るまでに傷が増えるぞ。
ルーナ:
誰のせいだ!
三週間後 朝(ルーナ 自室)
(ノック)
レオン:
ルナ、起きているか?
ルーナ:
起きている、入っていいぞ。
レオン:
おはよう、怪我の具合はどうだ?
ルーナ:
大分良くなってきた、クレイ殿は怪我も診れて髪も切れるとは……まさに超人だな。
レオン:
あぁ、自慢の部下だよ。
クレイからも、もう遠出しても問題ないと言われたのでな……今から付き合ってくれないか?
ルーナ:
?
あぁ、わかった。
レオン:
よし、準備ができたら、庭園に来てくれ。また後でな。
(レオン、ルーナ 庭園)
ルーナ:
レオ、待たせたな。
レオン:
あぁ、私も今準備ができた。
ルーナ:
準備って……その花……
レオン:
グラジオラス……我が家の花紋だ。では、行こうか。
(レオン、ルーナ グラジオラス領 霊園)
レオン:
さぁ、ついたぞルナ。
ルーナ:
あ……ここって……
レオン:
こっちだ、おいで。
ルーナ:
……
レオン:
ふぅ……やぁ、ソフィア。久しぶり……でも無いな、先月きたばかりだ。
ルーナ:
……!
レオン:
今日は……この間話した、好きな人を……紹介しに来たんだ。
ルーナ:
っ……レオン……
レオン:
ルーナ、さぁ。
ルーナ:
……っ……ソフィアさん……初めまして……ルーナと申します。
ソフィアさんのこと、レオンから聞きました。
ハーブに詳しくて、色んなことを教えてくれたり。
甘やかしで、洗濯物が放りっぱなしでも怒らなかったり。
……罠にかけられたレオンを庇って……亡くなったことも……。
あの……私はハーブには疎いですし、口うるさくていつもレオンを叱ってばかりですが……
この先一生、レオンの事を守ります!
最後にどうか、一緒のお墓に入らせてください!
レオン:
……っぶ、ふはっ、ふはははは!
ルーナ:
レオ!なに笑ってるんだよ!
レオン:
ふっ……くく……それだとお前……ソフィアにプロポーズしてるみたいだ……
ルーナ:
こんなこと初めてなんだ!仕方ないだろう!
レオン:
それに……
(レオン ルーナの腰に手を回し抱き寄せる)
ルーナ:
うわっ!ちょ……
レオン:
プロポーズは私から、するつもりだったのに。
ルーナ:
ば、馬鹿者!墓前だぞっ!弁えろ!!
レオン:
ふは、ははははは……
レオン:
よし、そろそろ帰ろうか。
ルーナ:
あぁ……って、その花はいいのか?さっきの花瓶に挿して無いけど……
レオン:
あぁ、この花は……。
ルーナM:
ピンクのグラジオラス
レオンM:
花言葉は「ひたむきな愛」
【花殻摘み】
ーFinー
こだま
かび
いくさきぞく
ひんきゅう
ひん
まぬが
しゅつじ
かしこ
オー
いとま
かんじゃ
つ
えいち
りょうば
つるぎ
はんすう
ぶよう
ディー
かせ
ふけ
りょうざかい
かもん
ゆえ
むげ
わきま