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Moji茶屋
シキ折々
【晩春、花よ降れ。】
(0:0:1)上演時間1〜5分
【晩春、花よ降れ。】
四月の初め。代々木公園は、満開となった桜の見物客で溢れていた。
上を見上げる呑気な連中の群れの中、俯きながら、彼女の横を歩く。
僕の気持ちを知ってか、知らずか。
彼女もまた、呑気な連中の群れと同じ視線で歩いている。
「アメリカにも、桜、あるらしいよ。」
……そんなことは知っている。
そんな優しい声で、僕の何よりも好きな声で。
悲しくなることばかり言わないでくれ。
……アメリカに、君は、いないじゃないか。
平日の昼間だというのに、そこら中で赤い顔をした人達が
この世の春を謳歌する。
その歌声に、僕が吐露した音はかき消された。
桜並木を抜けて、何を話すでもなく、ドッグランの横を過ぎた。
もうすぐ中央広場の噴水が見えてくるだろう。
「ここまででいいよ、荷造り、手伝えなくてごめんね。」
いつもの散歩路、ゴールの手前。
足を止めてしまった僕を、
振り返り君は笑う。
いや、笑っていただろうか。
顔を上げることができない僕は
それすら確かめられないでいた。
出会いと別れの季節。
どうしたって先に「別れ」が来るのに、
その先に「出会い」はあるのに。
返事のない僕を、少し待ってくれた君。
歩み出す背中、風光る、春霞。
「 」
届いたかはわからない。
凄く、強い風が吹いたから。
僕の頭上で揺れた木々が、はらはらと。
花を落とす。
荷物なんてまとまらなければいい。
電車なんて止まればいい。
飛行機なんて飛ばなければいい。
理由なんてなんでもいい。
あぁ、もっと。
もっと。
風光れ、花よ降れ。
僕をここに、押し留め。
【晩春、花よ降れ。】
はるがすみ
春
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