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濡れた紅葉

​シキ折々

【​秋烟る、白露の街。】


(0:0:1)上演時間1〜5分

【秋烟る、白露の街。】

8月も終わり
木々の葉が落ちる月は、ゆっくりと長くなる夜に替わる。
葉月から、長月へ。

なんて、カッコつけて言ってみたけど
本当は月の感覚なんてぼんやりとしかない

 

僕の部屋のカレンダーをめくるのは
君の役目だったから

「もう3日だよ」と、呆れたように笑いながら
めくった後のカレンダーを
満足そうに眺める君の横顔を

 

コーヒーを飲みながら
盗み見るのが僕の役目だったから

 

今の僕に月日の移りを教えてくれるのは
ポストに詰まった請求書だけ

これじゃ逆じゃないか

 

めくられないカレンダーが
君がここにいないことを
教えてくるなんて

 

あの春にまとまってしまった荷物は
ブルックリンにあるアパートの小さな部屋で
半分以上が眠ったままだ

大きな段ボールに10箱ちょっとでまとまった僕の人生を
家具の無くなった広い部屋で笑ったけれど
まさかその半分が、今は用事のないものだなんて

 

面倒見のいい君が
もし荷造りを手伝ってくれていたら
きっと今眠っているあの箱たちは
海を渡ることもなかったのかもしれない

 

別れを惜しむように
ゆっくりと歩いた代々木公園を思い出しながら

あるはずのない君の面影を探して
一人、サンセット・パークを歩いた

 

小高い丘から見渡すアッパー・ベイとマンハッタン
遠くに浮かぶ自由の女神は
土産物屋に並ぶライターと同じサイズだ

結局、小一時間の散歩で見つけたのは
どこまでも女々しい僕と

 

君はここにいない

 

そんな感傷だけだった

 

アパートへの帰路
地下鉄を出た僕を出迎えたのは
烟る様な雨

 

この街の人達は、
これくらいの雨じゃ傘をささない

 

そういえば
君は雨が好きだった

買い物の帰り
濡れるのを嫌う僕を横目に
「降ってないよ」と
揶揄うように笑いながら
傘を畳んで、気持ちよさそうに歩いていた

 

あぁ、そうだね。

 

僕は鞄から出しかけた折り畳み傘をしまうと
白露に
君を感じながら
靴音を響かせた。


【秋烟る、白露の街。】

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