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​シキ折々

【​夏至、秋分へ渡らせ。】


(0:0:1)上演時間1〜5分

【夏至、秋分へ渡らせ。】

ふと、目を覚ます。
意識が浮上する。

マットレスの裏側、預けた背中から沈み込んでいた魂が、
息をしようと海面に戻ってくる。

 

完全に覚醒していない体は
シーツと意識の波間をプカプカと漂っていた。

 

自分の身体が濡れている錯覚。

だんだんと鮮明になる意識が
寝汗で湿る目蓋を開くようにいう。

 

眠る前に再生した11時間もある波音の動画を止める
そもそも寝付きの良い私がこんな動画を流しながら眠ったのは

昨日の夜が

 

ひどく

 

涼しかったから。


今朝は焼く気にならなくて
いつもより薄く切り分けた食パンを
齧りながらベランダに出た

「……まだ、生きてるじゃん。」

 

ジワジワと照る日差しに背を向けると
ベッドの足元には二重で掛けていたタオルケットが蹴り落とされていた。

 

キッカケを、探している。
大抵の人間はそうだと思う。

 

テフロンが剥がれ、食材がくっついてしまうフライパン。
靴底に穴が開いて、水が染みてしまう靴。
「しょうがない」と、諦めさせてくれる要因。

貴方は私を良く、面倒見が良くて剛毅果断だと褒めていた。
貴方は気づかない。
一人でいる時の私は優柔不断で、切り替えるのが下手くそだ。

 

でも、それでいい。それで正解。
貴方を前にすると私は面倒を見たくなるし、
貴方が迷っていたら一緒に悩んで決めてあげたくなる。

 

少しのだらしなさも
選択を委ねる優柔不断も
貴方の甘え方だと知っていたから
その全てが、とてもとても愛おしかった。

 

だから、あの時もそう。

 

気が付くと、明治神宮に来ていた。
正確には、来てしまった。
本当は代々木公園に行こうとしたのに。
この足は公園に入らず、外周をグルリと回って、原宿口まで来てしまった。

 

南参道から本殿を抜け、参宮橋口に向かって歩く。
青々とした木々のトンネルを抜け、視界が開けた先で。
はらはらと、木の葉が散っていた。

 

あの春に見た花の雨。
今はただ。
夏の死骸を踏みしめる。

 

俯きながら参宮橋口を出ると
甘く、どこか切ない香りがして顔を上げた。

 

視界の右側、一列に並んだ数本の樹木に
橙色の花が咲きほころんでいた。

 

あぁ。
やっぱり、そうだよね。

 

季節は変わった。
もう、秋が生まる。

金木犀の棺に、夏の死骸を仕舞って。
私は、長袖の寝巻きを出した。

 

【夏至、秋分へ渡らせ。】

​げし

​しゅうぶん

​まぶた

​ごうきかだん

​さんぐうばしぐち

​う

​夏

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